「難しいんだよね。ああいう普段から高圧的で声がでかくて言葉の強い人って、線引きできなくて。少しシビアな会話しただけで精神的に参る人もいるだろうし、怒鳴られてもたいしてこたえないって人もいるだろうし」
「たしかに……」
「あからさまな恫喝とか脅迫とかがあればいいんだけど、意外とそういう発言はしないんだよ。会議室にレコーダー仕掛けたりとか、あれこれ試したのに」
 それはもはや盗聴だ。だけどたしかにそこまでしないと、パワハラの証拠なんて取れないだろう。被害者の協力を得られないなら、なおさら。
「あの、ついさっきなんですけど、蔵寄さんにお会いして……」
 私は、宇和治社長が潔白かもしれないという可能性を話した。じっと一点を見つめて聞いていた阿形さんは、ひざを抱え直して、「そっか」とつぶやく。
「岳人さんは仕事柄、宇和治本人ともつきあいがある。その岳人さんが言うなら、事実の可能性が高いなあ」
「……ショックですか?」
 じろ、と目がこちらを向いた。
「俺のこと、聞いたんだ」
「はい……」
「宇和治の名前、口にするだけで胸糞悪いレベルだけど。復讐のために粗さがししたり、グレーを黒だって言い張ったりする気はないよ」
 静かな口調に、私は「ですよね」と相づちを打った。
「真っ黒だったらいいのになとは思うけど」
「どっちなんですか」
 あーあ、と阿形さんは天井を見上げ、息をつく。
「あいつがシロなら、なんで仲鉢のおっさんはアマ東に便宜をはかってるんだろうな。ただの古巣びいきか、自分の出身に箔をつけたいのか」
「まさしくそれだろうって、蔵寄さんも」
 さっきのファストフード店での会話だ。
『これは僕の想像になるんだけど……考えれば考えるほど、正解なんじゃないかなーと思えてくるんだけど……』
 んー、と悩ましげな様子を見せたあと、蔵寄さんは語った。
『アマナ神奈川がぐんぐん成長してるのは知ってるよね。国内二番手の特約店だけど、東京との差を縮めつつある』
『はい』
『なんとしてでもそれを阻止したい考えが、副本部長にはあると思う。東京の社長を務めた経歴って、OBになってからも、かなり力を持つんだよ』
 ここでもOBか、と驚いた。何十年もやりきって、ようやく引退したあとに、どれだけ会社に縛られないといけないんだろう。
 いや、むしろ縛られたいのか?