「あいつはあの性格だからさ、やってられるかって言って、途中で出向を停止するよう人事に願い出て、メーカーに戻ったんだ。もちろんこれ、成績にガンガン響くから、それ覚悟のうえでね」
「店長のパワハラについては……?」
「この世界、店長がワンマンなんてあたり前だから。いまだに殴る蹴るが新人教育だと思ってる人もいるし」
 言いながら、佐行さんがしかたなさそうに肩をすくめる。
 つまり、告発もせず、泣き寝入りするしかなかったのか。
 あの飄々とした人が、耐えかねてフィールドを移すくらいつらかったんだろうに。
「まあ、それだけならまだしもなんだけど、続きがあって」
「はい……」
「阿形の抜けた店舗では、もうひとりの出向者に店長の矛先が移ったんだ。阿形の後輩にあたる子なんだけど。あるときこの子が事故にあった。店の車を運転中、ガードレールを突き破って崖から落ちたんだよ」
「えっ……ど、どうなったんですか」
「奇跡的に助かった。だが仕事は辞めた」
 柊木さんが、協約のプリントアウトに目を通しながら言う。
 助かったのか、よかった、とほっとしたのもつかの間。
「表向きは運転ミスということになったが、どうやらノーブレーキで、みずから突っこんだらしい」
 私は手で顔を覆った。凄惨だ。なんだかもう、聞きたくないくらい凄惨だ。
「その事故、おぼえてるよ。社内でも話題になった。阿形くんが関係してたんだな……かわいそうに」
 本当にかわいそう。悲しい。たくさん自分を責めただろう。
 私の頭に、温かい手がのせられた。見なくてもなんとなく、佐行さんだと感じる。
「宇和治の名前がどれだけあいつのトラウマになってるか、わかるでしょ?」
「はい……」
 こうなったら、絶対に宇和治社長の悪事を暴いてやりたい。ああでも、今回の件はそういうことじゃないんだった。
『正義感とか。──そんなおきれいな気持ちで動いてないから』
 じゃあ、どんな気持ちで動いてるんですか。
 はたと気づいたことがあり、私は顔を上げた。
「蔵寄さん、協約の担当者ってだれですか? 今回、依頼人が不明だって聞きました。その人が依頼人である可能性、すごく高くないですか?」
 数字を変えろと副本部長に脅されているんじゃないだろうか? それを苦に、第二総務部を頼ったんじゃないだろうか。
 蔵寄さんはちょっと困ったような顔で、言葉を詰まらせた。