柊木さんが机に手をつき、尋ねた。阿形さんがうなずく。
「仲鉢と組んで、天名インダストリーズから支払われるインセンティブの額を操作してます。アマ東だけあきらかにパーセンテージが大きい」
「協約のインセンティブか?」
「そうです」
〝協約〟。昨日の飲み会でも出た。
 メーカーである天名インダストリーズは、特約店に車を卸し、彼らが売った台数に応じてインセンティブを支払う。ここまでは必ず売ってね、という台数を〝協約台数〟と呼ぶ。それ以上売らなければインセンティブはありませんよ、という台数だ。〝ノルマ〟を言い替えただけだよ、と先輩から教わった。
 私のうしろから手を伸ばし、宇和治社長の資料の上に、蔵寄さんがA3サイズのプリントアウトを何枚か置いた。特約店の名前と、細かな数字がびっしり並んでいる。
「阿形くんの頼みで俺も調べた。その密約には販売促進部が一枚かんでる。これは、全国の特約店との協約台数、およびインセンティブのデータ。表向きのね。南関東にかんしては、俺も把握してる数字だ」
 柊木さんの指が紙の上をすべり、中ほどで止まった。特約店は北から順に並んでおり、真ん中の少し上がアマナ東京だ。
「ほかとたいして変わらないな」
「そしてこっちが、裏のデータ」
 蔵寄さんはさらに一枚、そっくりなプリントアウトを置いた。
 今度はアマナ東京の場所はすぐにわかった。そしてそこだけ数字が変化し、インセンティブの額が上がっていることも。
「……蔵寄、これ、データはないよな?」
「さすがにね」
「どうやって手に入れたんですか? これ、相当極秘の資料でしょうに」
 私の質問に、蔵寄さんはいたずらっぽく肩をすくめた。
「協約台数とインセンティブを決めるのって、促進課の仕事なんだけどね、促進課の複合機って一営の席の近くにあるから、たまに使わせてもらうんだよ」
「履歴のジョブは再出力できませんよね?」
「もっとアナログ。協約の担当者を電話で引き留めておいて、その間に出力をかすめ取ったんだ。もちろんコピーして、原本は元どおりに置いてきた」
 私はあんぐり口を開けた。大胆かつ確実すぎる。蔵寄さんは、「苦労したんだよ」と眉尻を下げている。
「協約をまとめる時期だから、絶対出力するだろうなとは踏んでたんだけど。狙いどおりの文書じゃないことも当然あって、何回トライしただろ」
「そうか、そうですよね」