お追従を言うほかのメンバーに隠れて、蔵寄さんがぱちっとまばたきしたのを私は見た。なにか気になることがある様子だった。
 隣のテーブルも、変わりなく飲み食いしているように見えて、阿形さんがさりげなくこちらの会話に集中しているのがわかる。
 私は残念ながらなにも気づけず、せめて副本部長の失言を誘おうと、ひっきりなしにお酌を続けた。
 十八時半から始まった飲み会は、二十一時に終わった。あっさりしているけれど、週の中日だしこんなものかと思ったら、これから〝いつものところ〟で二次会らしい。
 ここから合流できる人もいるようで、連絡を取ったり合流場所を決めたりと、お店の前の路地で酔っ払いがワイワイやっている。この界隈(かいわい)では珍しくもない光景だ。
 私はどうしたらいいのかな、と迷っていると、すっと隣に人が立った。
「生駒さんはここで帰ってね」
 ささやき声は蔵寄さんだった。
「失礼になるようなら、私も行きますが」
「ダメ。誘われても僕が必ず帰すから。乗らないように」
 止められたそばから「生駒さん」と声がかかる。ごきげんの副本部長だ。手招きに従ってそばへ行くと、分厚くて熱い手が私の肩を揉(も)んだ。
「あなたもどうだい? 社会勉強に」
「えーっと……」
 蔵寄さんが私を押しのけて前に立った。
「仲鉢さん、今日は僕がお供します、どうですか」
「お前が? 珍しいな! こんな男前をつれていったらママに惚れ直されちまう」
 それとなく私を遠ざけつつ、「もともと仲鉢さんにベタ惚れだって聞いてますよ」と蔵寄さんが調子を合わせる。
「嫁と子どもはいいのか?」
「たまには目こぼししてもらわないと」
「両方とも娘だったな。三人目もいくだろ? 俺の秘伝の産み分け方法を教えてやるよ、男のほうにもコツがあるんだ」
 耳をふさぎたくなるほど下品な話を平然としながら、蔵寄さんの背中を叩く。今も一営にいるリードマンのひとりが、携帯電話を掲げてみせた。
「仲鉢さん、促進課の種原って若いの知ってます? すぐ近くにいるらしくて、来たいそうです」
「種原か、いいよ、呼べ呼べ……って、あの走ってくるの、そうじゃねえか?」
 副本部長が指さした先に、たしかに種原さんらしき人が、手を振りながらやってくるのが見える。
 営業部でもかわいがられているらしい。やっぱり愛嬌というのは最強だ。