全国の販売店から上がってくる販売台数を管理する促進部は、月末が近づくにつれピリピリしてくる。いらだたしげに受話器を指で叩きながら通話する三居さんを、通り過ぎざま眺め、私はついでに思い出した用事を済ませようと、促進部の先にある中古車部へ向かった。

「生駒さんね。悪いね、私、人の名前をおぼえないんだよ」
「おぼえていただけるよう精進します」
 私はガラスの徳(とっく)利(り)を両手で持ち、仲鉢副本部長のお猪(ちょ)口(こ)についだ。
 元第一営業部の集まりは、私を入れて総勢七名の会となった。蔵寄さんが予約したのは会社からほど近い、若干リッチな居酒屋だった。
 個室ではなくお座敷だ。三台あるテーブルの二台を我々が使っている。コースメニューはオーソドックスにお刺身、天ぷらといったところ。
 もっと接待感があるのかと思っていたら、意外に普通の飲み会で驚いた。
『みんなこういうのが好きなんだよ、気楽でさ』
 まだほかの人が来る前、蔵寄さんがそう言っていた。
「しかし今の営業部は甘やかされてるよなあ、我々のときは経済危機の名残がまだあったから、売れないわ新型も出ないわで、散々だった」
「ですよねえ」
 メンバーは半分が今も一営にいて、もう半分は別の部署に異動した人たちだ。遠方の特約店の社長になっている人もいる。
 当然だけれど中心になるのは思い出語りで、私にはわからない話が多い。だけど入社前の会社の話を聞く機会はけっこう貴重だ。
 武勇伝めいたものは話半分に受け取りつつ、参考になりそうな話は熱心に聞いた。
 みんながばかすか吸う煙草の煙であたりが白み、だんだんと場に酔いが回りはじめるころ、ふと隣のテーブルが目に入った。男女のふたりづれだ。
 お酒が入っていなくても、副本部長の声は大きい。やかましいおじさんリーマンたちが横にいてごめんなさいね、と申し訳ない気持ちで、なんとなく服装などをチェックし、二度見した。
「あはは、一杯めからカクテルいっちゃう? かわいい」
「ビールは会社の飲み会で飽きてるの」
 仕事帰りらしい、きれいでかわいらしい雰囲気の女性と、そんな彼女にデレデレな、おそらくつきあいのまだ浅い年下彼氏……を装っている男性。
 阿形さんじゃないか!
 どこで着替えたのか、私服だ。白い薄手のパーカーをだぶっとかぶり、あぐらをかいている脚は、細身の黒いパンツをはいている。