うっ……。おもしろがられている。
 指についたパンくずをパッパッと払い落とし、蔵寄さんが私を見た。
「で、どうするの? 社内の全員の筆跡と比べて正体を突き止めるとか?」
「それも考えたんですが、この本社だけでも五百人以上従業員がいますし……現実的じゃないと思ってやめました」
「考えたんだ」
「でもあきらめません」
 私は手の中のメモ用紙を見た。十センチ四方の、なんの変哲もないただの白い紙。中央に今朝も見たメッセージが書いてある。
【おさがしの親睦会費は金庫に入っています。第二総務部】
 そして裏返すと、そこにも同じ筆跡で、そっけない文章。
【氏名を書く必要はありません】
 内線番号だけでいいと言われていた伝言板に、私はわざわざ自分の名前を書いた。とくになにかを意図したわけじゃない。ただ、だれかにお願いごとをするのに、名前も書かないのは失礼な気がしたからだ。
 蔵寄さんに見せると、「親切な指摘だね」と驚いた顔をする。
「たしかに、あんな場所に氏名をさらしておくのは、推奨できないよね」
 私はドリアを食べながら、裏に書かれた文字を見つめた。
「これ、書く予定じゃなかったんですよ、きっと」
「どういうこと?」
「最初からこれも書く気なら、表面に書きますよ。でもそうじゃなかったから、依頼への返事を真ん中に書いてしまって、追記するスペースがなかった。続きは裏に書くしかなかったんです」
「なるほど」
 新しい用紙に書き直すほどの手間はかけず、でもわざわざ書き添えた。私が気づかなかったら、それでいい。そのくらいの気持ちで。
 事実しばらく気づかなかった。メモを何度も見返すうち、たまたま裏面の文字を発見したのは、集金袋が見つかったあとだ。私の心はとてもざわついた。
「すごく人間らしいと思いませんか」
「うん?」
「だれかがこれを書いたんです。私に向けて。その〝だれか〟が、すごくリアルに感じられる気がしませんか、このメモ」
 アドバイスをするかどうか、表面を書いている間も迷っていたに違いない。書かなくたって、おそらく第二総務部は損しない。私のために迷い、ちょっと手遅れになってから、裏面に書くという不格好な方法をとった。
 もはや愛しくない?
「私、第二総務部についてもっと知りたい」
 決意は、つぶやきとなって口からこぼれた。蔵寄さんが目を見開く。
「……どうする気?」