蔵寄さんが煙草を片手にいたずらっぽく笑う。「でも、じきにギブアップした人たちが戻ってくると思うよ」とのことだ。
「大丈夫? においすごいでしょ。呼んだみたいになっちゃってごめんね。せっかくきれいな肺なのに」
「いえいえ! 吸っててください、勝手に来たんですから」
 彼がまだ長い煙草を灰皿で消そうとしたので、慌てて止めた。たしかににおいはすごいけれど、服は洗えば済む話だし、それより蔵寄さんの喫煙姿を見たい。
 というか……。
「蔵寄さんて、吸うんですね」
「たまーにね。家では吸わない、軟弱なパートタイムスモーカーだよ」
 ちょっと照れくさそうにする様子を見て、そうだったと思い出す。
「そういえば、パパなんですもんね」
 蔵寄さんが、隣の柊木さんをぱっと見た。責めるような目つきを、柊木さんはどこ吹く風で受け流している。私のほうがあせった。
「すみません、秘密でした?」
「いや、そんなことはないんだけど」
 彼が落ち着きなく、煙草を挟んだ指で額をかく。耳の先が赤くなっていて、私はびっくりした。
 いつも泰然として優雅な蔵寄さんが、恥ずかしがっている。
「僕、あんまり会社でパパキャラ出してないからさ。パパネットワークにも参加してないし」
「そんなネットワークが……」
「あるんだよ。父親の年次が違っても、子どもの年齢が近いと仲よかったり。社宅組はとくに、奥さん同士も交流があるし」
 なるほど。それはありそうだ。
「蔵寄さんは社宅じゃないんですか?」
「学生結婚だって教えなかったか? 新人時代にマンション買ってるよ」
「柊木、お前!」
 いらない情報を勝手にしゃべる柊木さんの脇腹を、蔵寄さんがひじでどついた。柊木さんが深々と煙草を吸って、にやりとする。
「いいじゃないか。調査員同士、隠しごとなんてなしだろ」
「そういう話じゃない」
「おふたり、本当に同期なんですね……」
 しかも、普通に仲がいい。吸煙機に適度に体重を預けながら、くだけたやりとりを交わすふたりを、私は対面からしげしげと眺めた。
「本当に同期だよ」と蔵寄さんが微笑む。
「でも柊木は、第二新卒みたいな感じで、少しずれた時期に入社してきて……」
 彼はそこで言葉を区切ると、そっぽを向いて煙草をふかしている柊木さんを、「お前……」とにらみつけた。