宣伝課では私だけがセールス経験がない。販売店に知りあいもいないし、店舗の一日の流れも知らないから、いつなら店長の手があいているかもわからない。仕事をするうえで、大きなハンディキャップだと感じることがある。
「生駒ちゃんみたいな子、売りそうだよね」
「なんでその制度をなくしたんでしょうね?」
「メーカーに入ったのに販売会社に行かされるなんて話が違うって言って、辞める新人が増えたからだよ」
「なんでそうやって『今どきの若者は』って言わせる隙をわざわざ与えるかな。三年くらい、なんでもやってみればいいのに」
 口々に言う佐行さんと阿形さんを見ていて、そうか、このふたりも、私の先輩社員なんだと今さら感じた。
「で、その種原くんが、仲鉢副本部長に内密のお使いを頼まれて難儀してると。副本部長相手じゃ、コンプライアンス違反ですよとも言えないしね」
「言わなそうな相手を選んでるだろうしな」
「絶対に広告宣伝費を使うなと言われてるそうなんです。会社のお金を使ったら、さすがにまずいと副本部長もわかってるのかと」
 柊木さんが「いや」とため息をつく。
「雑誌社やWEB系の媒体が頼みを聞いてくれるのは、日ごろ広告宣伝費を使って取引をしてるからだ」
 考えこむように彼は天を仰いだ。荷重のかかった背もたれが、ギッと鳴る。
「その恩恵を私事に使っている時点で、じゅうぶんまずい」
 その言葉を最後に、室内は無音になった。三人はそれぞれが思案にふけっているみたいに、じっとだまりこんでしまう。
 私は彼らを見回し、「あの」と遠慮がちに切り出した。
「この件は、取り扱っていただけるんでしょうか」
 柊木さんが、宙に泳がせていた視線を私に向け、ちょっと眉を上げる。
「この件とは?」
「会社になんの利益ももたらさないCDをさばけという副本部長からの命令を受け、何人かの社員が本業以外のことに時間を取られて困っている件です」
 なんとなく、第二総務部の仕事の範疇にかすりそうなポイントを詰めこんでみる。
 粛清をする組織ではないと前に言っていた。だれかが泣いているのを救うのが彼らの仕事だと。
 逆に言えば、だれも困っていないなら、不正も悪事も知ったことではないとするのが、第二総務部だということだ。
 せっかくなら、私の持ちこんだ案件で彼らが動いてくれたらうれしい。