すげなく断った阿形さんを無視して、佐行さんが再生ボタンを押す。流れてきた歌を、三人はしばらくじっと聴いていた。
 眉間にしわを寄せ、佐行さんが「んー」とうなる。
「キャッチをつけるなら、『透明感のある伸びやかな歌声で、等身大の恋心を歌い上げる』ってところかなあ」
「まさにジャケットどおり、ありきたり。もういいって、止めろよ」
「俺、会社員以外目指したことないからわかんないけど、こういう世界で生計立てられるくらい成功するって、大変なことなんだろうねえ」
「だからってパトロン気取りのおっさんに百枚もCDを買わせる? その時点でミュージシャンの資格を失ってると思うけど」
「彼方くんは潔癖なんだなー」
 くすくす笑ってからかう佐行さんの椅子を、阿形さんがガンと蹴った。
「あの、この話、宣伝課以外には絶対に漏らすなってことになってるんです。種原さんも板挟みになってしまいますし。大丈夫ですよね?」
「大丈夫だよー、俺たち、そんな仕事ばっかりだし」
「種原ってどんな社員だっけ……」
 阿形さんは手帳を手に、佐行さんが近寄ってこないよう椅子を足でブロックしている。あいているほうの手でキーボードをいじると、「あ、若いな」とつぶやいた。
 あのPCは、いったいどんな情報にアクセスできるんだろう。
「出向から戻ってきて、まだ二年か」
「神奈川にそんな名前のセールスがいたのをおぼえてる。そいつか?」
 柊木さんが尋ねると、阿形さんは手帳を置いて両手でPCを叩きはじめた。
「ええと……たしかにアマナ神奈川ですね。港北店」
「かなり売る店舗だ。優秀なセールスだったのかな」
 ブロックを解かれた佐行さんが、阿形さんのPCをのぞきこむ。
 彼らが言っているのは、天名インダストリーズの社員が経験する、三年間の販売店への出向のことだ。天名の社員はほぼ、現場でセールスマンをした経験がある。
「生駒ちゃんの時代は、もうこの制度なかったでしょ?」
「そうなんですよ。入社してから、過去にそういう制度があったって聞いて、うらやましかったんです」
 人生で、何百万円もする商品をばんばん売る機会なんて、なかなかあるものじゃない。しかも先輩たちはみんなそれを経験してきているから、販売の現場を知ったうえで、彼らが必要とする広告宣伝を考えることができる。