「彼方って、あいつの名前。阿形彼方くん。おしゃれな名前だよね」
「本当ですねえ」
 見た目からは、なんというかもっと、〇郎とか〇彦とか純和風の名前がついていそうな印象を受けるのに、こんなにシュッとしたお名前だったとは。
 コポコポと音を立てるコーヒーメーカーを腕組みして見守っていた阿形さんが、吐き捨てるように言った。
「そりゃ、回文よりはね」
「回文じゃないんで」
「生駒ちゃん、どうぞここ座って」
 私が立ちっぱなしだったことに気づき、佐行さんが「ごめんごめん」と阿形さんの席の椅子を引く。
「じゃあ、お邪魔します。あっ」
 腰を下ろした瞬間、PCの画面が目に入った。さっきのエレベーター内の映像に、別の人が映っている。
「蔵寄さん!」
 ああ、粗い映像でもかっこいい。ぼけっとエレベーターに乗っているだけでも絵になるってすごい。
 画面に食いついた私の目の前に、ぬっと熱々のコーヒーが差し出された。プラスチックのホルダーカップに入っている。
「はい」
「ありがとうございます」
 そっけない阿形さんに、佐行さんがあきれ声を出す。
「彼方くんさあー、ミルクと砂糖は?くらい聞いたらどうかなあ」
「ミルクと砂糖は?」
「俺に聞いてどうすんだよ、生駒ちゃんに聞くの!」
 そのとき、電子錠の開く音がした。振り返ったときにはもう、柊木さんが真横まで来ていた。コーヒーのカップを持ったまま、思わず立ち上がる。
 柊木さんは阿形さんのデスクの横を通り、島の奥の列へ行き、さっき私が上座と判断した席に、持っていた手帳を放り投げるように置いた。
 やっぱりあそこが柊木さんの席だった!
 彼は机に置きっぱなしだったプラスチックのカップをぐいとあおり、ふうと息をつく。そこではじめて、じっと見つめる私たちの視線に気づいたようで、眼鏡の奥の瞳をつとこちらに動かして、私に話しかけた。
「ようこそ」
「おっ、お邪魔してます!」
 しゃちほこばる私をよそに、阿形さんが「新しいのできてますよ」と机越しに手を伸ばして柊木さんからカップを受け取り、再びキッチンのほうへ行った。
 佐行さんが椅子をすべらせ、自分の席に戻る。
「どうでした」
「まあそれなりに、予想どおりの話が聞けたってところだな」
 柊木さんが自席の椅子に座った。
 彼らのやりとりを見ていて、無性に感動した。これが第二総務部の日常なのだ。