ダークグレーのスーツを着こんだ背中は、男性の標準と比べたらやや華奢といえるものの、身長は普通にあった。
 柊木さんや佐行さんといるせいで、小さく見えていただけだ。
 私は自分の頭のてっぺんが彼の身体のどのへんに来るか、手を水平に動かしてあたりをつけた。後頭部の下あたり。私が百五十八センチだから……。
「なにやってんの?」
「あっ、すみません」
 手をかざしているところに、彼が振り向いた。正直に「身長をはかってました」と伝えると、彼の目つきがむっと険悪になる。
「佐行と並んでたら、だれでも小さく見えるから」
「ですよね、そのせいだったんだなって」
 同意したにもかかわらず、彼はますますむっとした顔つきになり、ぷいと前を向いてしまった。
 ところで私はいったいどこへつれていかれるんだろう。
 エレベーターの前を通り過ぎ、阿形さんは階段を下りはじめた。また地下三階に行くのかなと思ったら、踊り場でふと立ち止まる。
 彼が首から提げた社員証を壁にかざすまで、そこにカードリーダーがあることにも気づかなかった。いや、壁じゃない、ドアだ。
 壁と同じクリーム色に塗られたドア。部屋の名前も番号も書かれていない。銀色のドアノブの上にカードリーダーがあるだけの、ただのドア。
 こんなところにドアなんて、あった?
 信じられない。階段自体あまり使わないとはいえ、なにも書かれていないドアというのは、ここまで存在感を消せるものなのか。
 そしてドアがあるということは、この向こうに空間があるということだ。
 ピッという電子音に続き、ロックが解除される音がした。阿形さんがドアを押し開け、私のほうを見る。
 さっさとして、と言われている気がして、急いで飛びこんだ。続いて阿形さんも入ってきて、すぐにドアを閉める。ウイッと電子錠がロックする音がした。
 目の前には衝立があって、外から直接中が見えないようになっている。衝立の向こうをのぞいていいものかためらっていると、すたすたと阿形さんが横を通りすぎていき、室内に声をかけた。
「つれてきましたよ」
 そう言われて隠れているわけにもいかず、慌てて顔を出す。
 そこはこぢんまりした、拍子抜けするほど普通の、明るいオフィスだった。