じめじめした梅雨を前向きな気分で乗りきるため、明るいクリーム色の折りたたみ傘と、白いショート丈のレインブーツを買った。
 が、ブーツは意外と服に合わせづらく、折りたたみ傘は会社の傘立てに立たないという新たな二重苦を背負ってしまい、へこんでいる。
「おはよ、雨だね」
 駅の地下街から会社のビルに入り、エレベーター待ちの列に並んでいたところ、肩を叩かれた。振り向いたら、宮野さんが立っていた。
「おはようございます。雨ですねえ」
「このビル、地下が雨漏りするんだよ、知ってる?」
「地下なのに!?」
「どこかから雨水が入っちゃうみたいなんだよね。古いもんねえ」
 柊木さんにつれていかれた、地下三階の部屋を思い浮かべる。あそこは無事なんだろうか。彼らなら雨漏りくらい気にしなそうだけれど。
「あっ、あの伝言板」
 宮野さんの言葉が、頭の中と連動しすぎていてぎくっとした。彼女は身体を折ってエスカレーターの陰をのぞきこみ、「まだあったんだ」と笑っている。
「知ってる? あそこ使って会うの」
「しっ、知ってます。第二総務部ですよね!」
「え? ニソウ?」
 思わず声が上ずるほど意気ごんだものの、きょとんとされてしまった。
「……その話ではなく?」
「すごーい、今の若い子もそんな渋い噂知ってるんだ。それじゃなくて、あのね、昔はあの伝言板を使って、待ちあわせの場所をこっそり伝えたりしたんだよ」
「え……え? 社内恋愛的なことですか?」
「そうそう。秘密の暗号とか決めて。携帯はおろかポケベルもない時代」
「え、宮野さんておいくつです……?」
「えっ?」
 うふふ、と彼女がおしとやかに笑ったとき、二基あるエレベーターが同時に到着し、どっと列が動いた。
 薄い黄色のカーディガンを羽織った宮野さんが、「すいてるほう行こ」と私をつれてささっとエレベーターに乗りこみ、巧みに角のポジションを陣取る。
 手練れの技を見せておきながら、「蒸すねー」なんて澄ましている彼女に、壊してはいけないファンタジーを感じた。

 部の中で一番下っ端である私は、さまざまな庶務も担当している。宅配や郵便、社内便などで届いた荷物を指定の場所まで取りに行き、部内に配るのも仕事だ。
「んっ?」
 その日の荷物の中に、珍しく私宛てのものがあった。社内便用の封筒に、ちょっと重さのあるなにかが入っている。