ふと前方に目をやった私は、食堂の奥の壁際、六人掛けのテーブルのひとつに座る男性の姿を見つけた。長身の背中を丸めるようにして定食を食べている。
 佐行さんだった。
 テレビに背を向けている彼の視線の先には、食器の返却口がある。「ごちそうさま」という声とともに、次々に食器が投げこまれ、その向こうには、湯気の中で立ち働くスタッフさんたちの影が見える。
「ごちそうさん、うまかったよ」
「はーい、午後もお仕事がんばって」
 あのつやつやした頬っぺたは、〝母さん〟だ。顔をピンク色に上気させ、食べ終えたひとりひとりと会話しているのが、食堂の喧騒の中でも聞こえてくる。
 佐行さんは、それを眺めながら素早く食事を終え、空席を見つけてやってきた集団に席を譲った。
 私は彼が、あの陽気な調子で、「おいしかったよー」とか声をかけていくのかなと思って見ていたのだけれど。
 実際はなにも言わず、食器をそっと流しに入れただけで、風みたいにふわっと出口のほうへ移動すると、入ってくる人波に紛れて、見えなくなった。