私もひとりでたまにランチをとりに来る店だ。サラダプレートとかサンドイッチとか、盛りの上品なメニューが多いおかげか、近隣のビジネスマンでごった返すランチタイムでも、案外すいている穴場なのだ。
 今日もほかのお店の行列を横目に、すんなり入れた。隣のテーブルではワイシャツ姿の男性が、のんびり本を読みながら食事している。
「あるよ、もちろん」
 オーダーを済ませ、メニューを店員さんに返しながら蔵寄さんが言った。
「トラブルが起こったときに、『”ニソウ”の出番だな』とか、この会社に勤めてたらみんな言うでしょ」
「ほんとに解決してくれるかもしれないって考えたこと、あります?」
 蔵寄さんは、私の頭が正常に動いていることを確かめるような目つきで、じっとこちらを見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、ないなあ」
「私、考えたんですよ」
「なにを?」
「解決してくれるかもしれないって!」
 隣の席の男性が、ぱらりとページをめくった。私は声が高くなっていたことに気づき、小さくなってだれにともなく頭を下げる。
 水をひと口飲んでから、小声で続けた。
「うちの部って、隔月で親睦会費を集めてるんですよ」
「そっか、宣伝課はまだその文化が残ってるんだ」
「宣伝課というか、部全体です」
 私の所属する宣伝課は、マーケティング・プロモーション部という部の中にある。マケプロと呼ばれ、市場商品グループと宣伝課の、ふたつのチームに分かれている。
 親睦会費とは、飲み会や送別会のプレゼントなどに充てるカンパ金のことだ。役職によって二千円から五千円くらいを定期的に集金し、貯めておく。
 部課長も含め総勢二十一名のマケプロでは、一度に十万円を超える額が集まる。
「それを入れてた集金袋が、昨日なくなったんです。袋っていうか、ビニールケースです。このくらいの、口が閉まるタイプの」
 私はA5サイズの大きさを両手で描いた。蔵寄さんが軽く眉を上げる。
「けっこうな金額が入ってたんじゃない?」
「はい。繰越金も合わせると十五万円くらい。だから鍵つきの金庫に入れてます」
「鍵って、こういう?」
 鍵を鍵穴に入れて回すしぐさをしてみせる彼に、私は「いえ」と首を振った。