是正は目的じゃないと言っていた。柊木さんたちにとっては、講座の開催はあくまで〝手段〟で、この通達を人事部長に読ませることこそが目的に違いない。
 どう根回しをしたのかはわからないけれど、彼らはこれを財務管理部から発信させ、『あなたのしていることに気づいていますよ』とメッセージを送ったのだ。
 課内の参加者を募るメールを書きながら、ドキドキしてくるのを感じた。
 第二総務部は、動いている。

 翌週、私はお使いで五階にある広報部を訪れていた。
「ごめんね、ちょっと待って」
「大丈夫です」
 主査と呼ばれる管理職クラスの人が、校正用紙にチェックを入れている。宣伝課と広報部はよく似た部署に見えて、じつはだいぶ違うのだけれど、協業もする。
 広報部は、社内にも知られてはならない事項を扱うこともあるため、ほかの部署から隔離された場所にある。そのため宣伝課に比べると静かで、私は手持無沙汰に入り口のあたりでぶらぶらしていた。
 ふとドア横のラックに並んでいる、広報誌のバックナンバーが気になった。表紙にカクワフーズの名前があったのだ。半年ほど前に発行された号だ。
ぱらぱらめくってみると、『快適なオフィスライフを支えてくれているスターたち』という連載企画で、食堂のスタッフさんがインタビューを受けていた。そういえば読んだな、と思い返しながら記事を見ていく。
 白いスモックと帽子姿でにっこり笑っているのは、先日食堂で見た女性スタッフさんだ。つやつやした頬っぺたがいかにも『おふくろ』的だなと思ったら、スタッフ内でも『母さん』という愛称で人望を集めているらしい。
『お仕事がうまくいかない日もあるでしょう。体調がいまいちの日もあるでしょう。でも昼休みに食堂に行けば、安くておいしいごはんが食べられる。そんな場所でありたいと思っています。みなさんの〝おいしい〟の声が最高のエネルギーです』
 へえ、いい記事だなあ。
 主査さんから校正を受け取り、宣伝課に戻る前に食堂の売店に寄って飲み物を買って行こうと思い、エレベーターに乗る。受付の奥にも自販機があるのだけれど、そこより売店のほうが品ぞろえがいいのだ。
 九階のボタンを押したとき、「乗りまーす」と声がした。
 宮野さんが受付の奥から駆けてくる。私は反射的に〝開〟ボタンを押して待ったものの、視線は彼女を素通りし、その背後に釘付けになっていた。