猛烈な勢いで電卓を打っている女性のひとりに、宮野さんが声をかける。伊勢崎さんという女性が顔を上げ、親しげににこっと微笑んで、どうぞと手ぶりで示した。
いつも『伝票はまだですか?』と冷たい声で電話をくれる方だ。笑顔なんてはじめて見た。社内でも見たことのある人は少ないんじゃないだろうか。
「お友だちですか?」
「うん、同期。えーっと、今月の伝票は……これかな」
宮野さんは私を棚の前につれていき、ちょうど目の高さにある箱を指した。
「この中にあると思うよ」
「ありがとうございます!」
「宣伝課は支払い多いから大変だよね。がんばって」
ひらひらと手を振り、宮野さんはフロアの中へ入っていった。たぶん交際費や交通費といった、提出場所が異なる伝票を出しに行ったのだ。
私は箱の中の伝票を取り出し、チェックを始めた。
地下二階に降り立ったのは、翌々日の定時後だった。
いや、正確に言えば会社の出入りのたびに使っている階ではある。第二総務部に会うことを目的に来たのは、ということだ。
『来てくれればいい』と柊木さんは言っていたけれど……。
エレベーターを降り、周囲を見回す。帰宅する従業員や、テナントのお店のお客さんがちらほらいるきりだ。
そもそもこの時間じゃ、第二総務部の人たちもすでに帰ってしまっていたりしないだろうか。彼らのことを考えれば業務中に来たかったのだけれど、私は私で宣伝課としての仕事があり、こちらを優先しすぎるのもためらわれた。
来ましたよ、という印を残す意味で、伝言板に名前でも書いておこうと思い、そちらに向かおうとした瞬間、目の前にいた人にぶつかりかけた。
「わっ、すみません!」
一瞬前までだれもいなかったはずなのに。
危ういところで踏み止まり、相手の顔を確認する。予想もしなかったというか、予想どおりというか、それは柊木さんだった。
「こ、こんにちは」
「頼んだものは手に入ったな。ならこっちだ」
「え、あの」
まだ私、なにも言っていない。彼は私の横をすり抜け、すたすたと廊下を歩いていく。ワイシャツ姿の背中を追いかけ、階段を下りた。
地下三階は、ごみ集積所や倉庫といった、普段の業務では使わない設備があるフロアだ。イベントの荷物を運ぶ手伝いで、一度来たことがあるだけ。
いつも『伝票はまだですか?』と冷たい声で電話をくれる方だ。笑顔なんてはじめて見た。社内でも見たことのある人は少ないんじゃないだろうか。
「お友だちですか?」
「うん、同期。えーっと、今月の伝票は……これかな」
宮野さんは私を棚の前につれていき、ちょうど目の高さにある箱を指した。
「この中にあると思うよ」
「ありがとうございます!」
「宣伝課は支払い多いから大変だよね。がんばって」
ひらひらと手を振り、宮野さんはフロアの中へ入っていった。たぶん交際費や交通費といった、提出場所が異なる伝票を出しに行ったのだ。
私は箱の中の伝票を取り出し、チェックを始めた。
地下二階に降り立ったのは、翌々日の定時後だった。
いや、正確に言えば会社の出入りのたびに使っている階ではある。第二総務部に会うことを目的に来たのは、ということだ。
『来てくれればいい』と柊木さんは言っていたけれど……。
エレベーターを降り、周囲を見回す。帰宅する従業員や、テナントのお店のお客さんがちらほらいるきりだ。
そもそもこの時間じゃ、第二総務部の人たちもすでに帰ってしまっていたりしないだろうか。彼らのことを考えれば業務中に来たかったのだけれど、私は私で宣伝課としての仕事があり、こちらを優先しすぎるのもためらわれた。
来ましたよ、という印を残す意味で、伝言板に名前でも書いておこうと思い、そちらに向かおうとした瞬間、目の前にいた人にぶつかりかけた。
「わっ、すみません!」
一瞬前までだれもいなかったはずなのに。
危ういところで踏み止まり、相手の顔を確認する。予想もしなかったというか、予想どおりというか、それは柊木さんだった。
「こ、こんにちは」
「頼んだものは手に入ったな。ならこっちだ」
「え、あの」
まだ私、なにも言っていない。彼は私の横をすり抜け、すたすたと廊下を歩いていく。ワイシャツ姿の背中を追いかけ、階段を下りた。
地下三階は、ごみ集積所や倉庫といった、普段の業務では使わない設備があるフロアだ。イベントの荷物を運ぶ手伝いで、一度来たことがあるだけ。