柊木さんが食べながら、彼に軽く片手をあげて挨拶した。彼は小さく会釈してそれに応える。「ごめんごめん」と佐行さんが笑い、私を手で示した。
「こちらの生駒ちゃんと偶然会っちゃってさー」
「生駒?」
 もう食べはじめている彼が、こちらを見た。『ふたりだと思ってた』というからには、私の存在には気づいていたんだろうに、黒い瞳が興味なさそうにまばたきする。
「ほら、伝言板に依頼くれた子」
「ああ、あの回文みたいな名前の」
 なんでことごとく言われるのか。
「宣伝課の、生駒まい子です。二年目です。あの、先日はありがとうございました。助けていただいて」
 十中八九、この人も第二総務部のメンバーだろう。頭を下げた私に彼は小さくうなずき、「あぎょう」とだけ言った。
「え?」
「阿吽の阿に〝かたち〟で阿形(あぎょう)だよ」
 びっくりするくらいの勢いでラーメンをすする阿形さんの代わりに、説明してくれたのは佐行さんだ。さっきから気になっていたんだけど、阿形さんのトレイ、どうしてラーメンがふたつ載っているんだろう。
 まさか両方とも食べるのか。この華奢な人が?
「……みなさん、こうして食堂で食べることも、多いんですか」
「たまにね」
 佐行さんがにこっとする。
「顔を知られないようにしてるのかと思ってました」
「知られすぎないほうが動きやすくはあるよね。でも、全然見たことない顔って、かえって目を引くでしょ。だから情報収集も兼ねて、けっこううろついてるよ」
「本業がそれなんですか? つまり、社内の人助け的なことを専門に行う部署のようなもの、ということですか?」
 この質問には、すぐに答えはなかった。佐行さんがちらっと隣を見る。柊木さんがだまって首を横に振った。
「ごめんね、アウトだって」
 両手の人差し指を口の前で交差させ、佐行さんは申し訳なさそうに、バッテンをつくった。
 今の質問に答えるのがアウト……ということは、少なくとも〝イエス〟ではないと考えるのが妥当だろう。第二総務部は、人助けを目的とする組織ではない?
 じゃあ、なにが本業なんだろう。ああ違う、もしかしたら〝彼らの本業が第二総務部である〟という部分を否定したのかもしれない。一度にふたつのことを聞くんじゃなかった。せっかくの機会なのに、情報がぼやけてしまった。
「頭働かせてる感じの表情だねー。生駒ちゃん、ミステリとか好きそう」