全国に、特約店と呼ばれる販売会社がある。人が車を買うときに行くディーラーのことだ。四十社を超える特約店でこれらのツールを独自につくっていては効率が悪い。そこでメーカーでまとめてつくり、原価で斡旋するのだ。
 同じフロアにある営業部のほうへ行くと、打ちあわせの相手は電話中だった。近づいていった私にすぐ気づき、「や」と口だけ動かして片手をあげる。
 今日もお顔がいいこの方は、蔵寄(くらより)岳人(がくと)さんという。
 なんとお顔以外もすこぶるいい。
 蔵寄さんは電話の相手と会話をしながら、私に向かってちょいちょいと窓際の打ちあわせスペースを指さしてみせた。私は邪魔しないようそちらへ行き、サンプルをテーブルの上に広げて彼を待った。
 上から見るとほぼ真四角のこのビルは、L字型にオフィスが設けられ、残りのエリアにエレベーターや階段、洗面所、給湯室といった共有部分が詰めこまれている。私のいる宣伝課は六階のL字の端に位置し、反対側の棒の部分が国内営業本部の花形部署、営業部だ。人数も多いためデスクの数も多いけれど、ほぼ空席。
 リードマンと呼ばれる営業部員たちは、四六時中全国の担当地区を駆け回っており、ほとんど社内にいない。たまに見かけると、みんなじつに颯爽とかっこよく、オーラに圧倒される。本部内でも精鋭のみが就けるポジションなのだ。
「ごめんね、お待たせ」
 ほどなくして蔵寄さんがやってきた。腕まくりしていたワイシャツの袖をもとに戻しながら私の正面に座る。カフスボタンを留めるしぐさを見ていたかったけれど、話を始めていいよと目で促されたため、私はダイレクトメールのサンプルを差し出した。
「修正版をお持ちしました。ご要望のあった、独自に印刷できるフリースペースを大きくしたバージョンです」
「ありがとう。特約店も満足すると思う。独自施策もがんばってるからね」
 受け取ったサンプルを裏表させながら、しげしげと眺める。
 色素の薄い髪と目。通った鼻筋に形のいい唇。たしかちょうど三十歳くらいで、リードマンとしてはかなり若い。
 彼が目線だけ上げ、ちらっと笑ってみせた。
「これ、斡旋価格は下がるかな」
 あっ、と私は急いで頭を働かせた。
「デザインの面積が減るので、そのぶん減らせるかもしれません」