第二総務部の根城が六階にあるってことだろうか? そんなバカな。いやでも、灯台下暗しということもあり得る……。
扉の前に立った柊木さんが、〝閉〟ボタンに手を伸ばす。
「お金を貸したのもバランスですか」
「困る人間を、最小限に留めたんだ」
今さらながら、私、柊木さんと会話してるよ、と内心感動する。しかも一緒にエレベーターに乗っている。そして、この感動を露骨に出したらいやがられるだろう、くらいのことはわかってきた。この人たぶん、ひねくれ者だ。
ふふ、と笑いがこぼれたときだった。柊木さんの身体がふっと動き、閉まりかけのドアの隙間からすべり出ていった。
「あっ……」
〝開〟ボタンに手を伸ばしたときには遅く、重いドアはぴっちり口を閉じ、箱が上昇しはじめる。
「あーっ……!」
やられた!
エレベーターの中で、髪をかきむしりたい思いに駆られた。
油断ならない人……!
今から引き返したところで無駄だろう。彼はもうどこかへ消えたはずだ。
「油断した……」
ため息をついて、自分の右手を見つめた。
彼の袖をつかんでいた手。ワイシャツの下に息づいていた体温をおぼえている。
それから〝閉〟ボタンを押した彼の手。このエレベーターは操作パネルが右側にしかない。なのに彼はわざわざ遠いほうの左手を使った。
完全な左利きなのかもしれない。ただのくせかもしれない。いずれにせよ、彼という人間が、さっきまでここにいたのだ。
閉まりかけるドアの隙間から、ほんの一瞬見えた彼は、こちらを振り返っていた。
そして私の見間違いでなければ──微笑んでいた。
ポーンと音がして、六階に到着する。
私は紅潮した顔を両手で包み、深呼吸をして、エレベーターを降りた。
扉の前に立った柊木さんが、〝閉〟ボタンに手を伸ばす。
「お金を貸したのもバランスですか」
「困る人間を、最小限に留めたんだ」
今さらながら、私、柊木さんと会話してるよ、と内心感動する。しかも一緒にエレベーターに乗っている。そして、この感動を露骨に出したらいやがられるだろう、くらいのことはわかってきた。この人たぶん、ひねくれ者だ。
ふふ、と笑いがこぼれたときだった。柊木さんの身体がふっと動き、閉まりかけのドアの隙間からすべり出ていった。
「あっ……」
〝開〟ボタンに手を伸ばしたときには遅く、重いドアはぴっちり口を閉じ、箱が上昇しはじめる。
「あーっ……!」
やられた!
エレベーターの中で、髪をかきむしりたい思いに駆られた。
油断ならない人……!
今から引き返したところで無駄だろう。彼はもうどこかへ消えたはずだ。
「油断した……」
ため息をついて、自分の右手を見つめた。
彼の袖をつかんでいた手。ワイシャツの下に息づいていた体温をおぼえている。
それから〝閉〟ボタンを押した彼の手。このエレベーターは操作パネルが右側にしかない。なのに彼はわざわざ遠いほうの左手を使った。
完全な左利きなのかもしれない。ただのくせかもしれない。いずれにせよ、彼という人間が、さっきまでここにいたのだ。
閉まりかけるドアの隙間から、ほんの一瞬見えた彼は、こちらを振り返っていた。
そして私の見間違いでなければ──微笑んでいた。
ポーンと音がして、六階に到着する。
私は紅潮した顔を両手で包み、深呼吸をして、エレベーターを降りた。