「貸していただいたお金で、本当に救われました。ですがもう、こんなふうにだれかにご迷惑をおかけすることはできません。やり直す方法を見つけます」
 さっぱりした声だ。
「これからどうする気ですか」
 柊木さんが尋ねた。竹崎さんは「どうしましょうかねえ」と困ったように笑う。
「営業一筋だったので、ほかに取り柄もありません。どこか拾ってくれる会社があれば、というところです」
「では、ひとつの可能性として」
 柊木さんが、胸ポケットから白い紙片を取り出し、きょとんとしている竹崎さんの目の高さに差し出した。
 名刺だ。
 私の側からは、裏面の英語表記しか見えない。私は竹崎さんの隣へ移動し、表面を読んだ。コーヒーショップの大手チェーンのロゴが入っている。
 会社名から察するに、ドリンクサービス事業を行う関連会社のようだ。役職名は、人事部長とある。
「天名インダストリーズのヤクモの紹介と伝えてください」
「ご紹介いただけるんですか」
「採用の確約ではありません。同じ業界ですから、この会社が今後も生き延びるという保証もない」
「……ありがとうございます。精一杯やってみます」
 名刺を両手で押し抱くように受け取り、竹崎さんは何度も頭を下げて去っていった。
 手を振ってそれを見送った。やがて彼の姿が地下街に消えると、私は隣の存在が気になって仕方なくなった。
 横目で盗み見た柊木さんは、無表情で地下街の方角を見つめている。
 ただ立っているだけなのに、不思議な緊張感をみなぎらせている人だなと感じた。不用意に近づいたら、ぱっと姿を消してしまいそうな気がする。
「……あの」
 眼鏡の奥の目が動き、私を見下ろす。とりあえず逃げられなくてほっとした。
「今さらですが、ありがとうございました。集金袋を取り戻してくださって」
「べつに、なにも取り戻してない」
 予想したよりぞんざいな口調で返事が来る。
「ええと、直接的にはそうですが、立て替えてくださったようなもので……あれ?」
 ふと腑に落ちないことに気づき、私は首をひねった。
「竹崎さんは、いつ集金袋を金庫に戻したんでしょう」
 戻すためには社員のだれかにドアを開けてもらわなければいけない。私が第二総務部に依頼してから集金袋が見つかるまでの時間は、すなわち定時後か翌朝の始業前だ。