アポなしで来て、いつまででも待つというのは、なんだか不穏だ。しかも普段なら直接フロアに来るのに、なぜか受付で待っているという。それどころか、午前中に一度来たばかりじゃない?
 どういうこと?
 今は十五時四十分。よかった、あまり待たせずに済んだ。
 私は制作の資料をデスクに置き、フロアを出た。
 受付は五階にある。エレベーターを降りるとすぐ目の前にカウンターがあり、女性スタッフがふたり座っている。
 きらきらしたスタッフさんに比して、びっくりするほど古くてしょぼい受付カウンターだけれど、一応ここが天名インダストリーズの正面玄関だ。ちなみに四階から下は関連会社の事務所やテナントが占めている。
 受付さんとはもう顔なじみなので、目が合った瞬間、「あちらでお待ちです」と待合スペースへ促された。
 壁に沿ってソファが置いてある待合スペースには、数名のお客さまがいた。そのうちのひとりが、私が入っていった瞬間、ぱっと立ち上がる。
「あれっ……」
「生駒さん、急に申し訳ありません」
 頭を下げたその人を見て驚いた。新しい営業さんじゃない。いつも来てくれていた、前の営業さんだ。
「あの……、なにかお話ですか?」
「はい、その……」
 もしかして、わざわざ交代の挨拶に来てくれたのかもしれないと思い、私は待合スペースの隣にある商談スペースへ彼を案内しようとした。
 ところが彼は顔をこわばらせ、「いえ、できましたら」と硬い声を出す。
「大変恐縮なのですが、人の来ない場所でお話させてください。立ち話でもけっこうです、お時間は取らせませんので」
 私は目をぱちくりさせ、彼の要望に適した場所を頭の中でさがした。

「すみません、こんなところしか思いつかなくて」
 悩んだ挙句、彼をつれてきたのは地下二階だった。半端な時間帯である今は人通りもほとんどなく、例の伝言板のあるあたりは立ち話をしていても人目につかない。
「とんでもない。こちらこそ申し訳ありません」
 いつもユニフォームらしきシャツを着ていた営業さんは、今日はスーツだ。くたびれた革のビジネスバッグを両手で持っている。
「すみません、きちんとご挨拶したこともなかったですよね。私、竹崎(たけざき)といいます」