集金袋を持ち出した人間を見つけたのも、このカメラのおかげなのではと私は考えている。管理会社の人間ならオフィスにも出入りできる。私のデスクに朝イチでメモを置くことだって、もちろん可能だ。
「あれこれ考えあわせると、警備室に出入り可能な興産の従業員こそが、このビル内を暗躍する存在として、もっとも適しているんです」
 相変わらず電話の向こうからは、なにも聞こえてこない。
 もしかしたら制服の警備員自身が彼なのかもしれない。上着を脱げばワイシャツ姿になって、本社の人間に紛れることができる。
「興産全体が第二総務部という可能性もなくはないですが、違うと思っています。大所帯になると秘密を保ちづらいし、隠密行動を前提とした会社というのも無理がある。組織といえるほど大きな集団ではなく、担当者が何人かいるだけといったような、そんな構造が、ニソウなんじゃないかと……」
 あらかた推理を話し終えるころになって、私の声は急にすぼまった。
 なんだか、現実に戻る時間が近づいてきたような感じだ。
「思うんですが……どうですか」
 おそるおそる、無音の受話器に向かって尋ねた。〝彼〟が息を吸う音が聞こえる。
心臓が早鐘を打つ。思わず胸に手をあてた。
『正解ではありません』
 目を閉じた。頭にのぼっていた血が、さあっと引いていく。
 現実なんてこんなものだ。小説のようにはいかない。
「そうですか。約束どおり、もう詮索はしません」
『第二総務部へのご依頼、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』
 チャンスをくれたことへのお礼を言おうと思ったのだけれど、その前に電話は切れていた。受話器を戻すと、しんと静まった空気がのしかかってくる。
背もたれに寄りかかり、深々と息を吐いた。
 終わってしまった。
「いいセン行ってたと思うんだけどなあ……」
 たとえば部分的にでも合っているとか、教えてほしかった。第二総務部の正体はあきらめるとして、こうなったら自分の推理がどこまで正しかったか知りたい。
 軽い酸欠みたいに、頭がくらっとした。エネルギー不足だ。
 腕時計を見たら、まだ昼休み開始から十分もたっていない。ずいぶん長い間しゃべっていた気がするけれど、錯覚だったのだ。
 昼休みは四十五分間だ。コンビニでサンドイッチでも買ってきて席で食べようと、バッグから財布を取り出してフロアを出た。