制作室と呼ばれる宣伝課専用の会議室は、独立した空調がついていて、温度を好きに操作できる。制作室からいつものフロアに出ると、むわっと蒸し暑く感じた。
「午後、技本部長に試乗会の説明するんだけど、間瀬くんも来る?」
「ぜひ。本社にいらしてるんですか」
 前を歩くふたりの会話が聞こえてくる。
「社長にランチに呼ばれたらしいよ。ほら、新型の前評判がすごくいいから、そのへんをねぎらおうってことじゃないかな」
「そういうことされるとまんざらでもなくなっちゃうのが技本部長ですよね」
 ふうん、と思いながら席に資料を置いた。すぐに昼休みだ、と思っているうちにチャイムが鳴る。バッグを持って、エレベーターに向かった。
 会社の中はおもしろい。政治もあれば恋愛もあり、ときには家族やスポーツといった要素まで加わって、そのすべてにドラマがある。
 まるで社会の縮図じゃないか。
 そう思うと、違和感しかなかった〝OB〟という存在も、わからなくもないかもしれない。この社会の中で生涯を過ごすと決めた人たちなのだ、たぶん。
 地下二階でどっと人が吐き出される。押し流されるようにしてエレベーターを降り、駅側の出口を目指した。
 エスカレーターの横を通り過ぎたとき、伝言板のあるスペースのあたりに、人影が見えた気がした。足を止め、そっと振り返ってみる。
 思いつめた顔をした、三十代くらいの男性が伝言板を見つめている。
 意を決したようにチョークを取り、黒板に文字を書きだしたとき、背後の警備室で、警備員さんが受話器を取り上げたのが見えた。
 大丈夫、あなたの『助けて』を、聞いてくれる人がいます。
 謎めいているのにあっけらかんとしていて、大人げないところもあったりしますが、信じて間違いない、いい人たちです。
 今このときも、きっと彼らは静脈のように、壁の中のねずみのように、縦横無尽に会社の中を動き回り、彼らにしか見えない景色を見ている。
 ビルを出て、地下街の雑踏を歩き、食べるところをさがした。
 どうか、すべての人が、すべきことだけに集中できますように。
 私も手を合わせ、呼びかける。
 第二総務部、お仕事です!




おわり