「あなたはこのビルの管理会社、『天名興産』の人間です」
 行き着いた答えを口にしたら、震えが身体を駆け抜けた。
 はーっと息を吐いて、緊張を逃がす。電話の向こうから反応はない。そのことが、もう行くところまで行ってやれという気持ちにさせた。
「なぜそう思ったかをお話しします。まず最初の依頼。あなたは私といっさい会話していないにもかかわらず、私の依頼内容を知っていました。いったいどうやって知ったのか?」
 背後で隣の部署の数人が、「行くかー」と声をかけあっている。休憩開始直後の食堂は混むから、食べるのが早い男性陣は、わざと時間をずらして行くのだ。
 通話中であることを示す緑色のランプを見つめながら、私は続けた。
「あなたは、聞いていたんです」
 反応なし。
「私、思い出したんです。私は伝言板にメッセージを書いたあと、願い事を口に出しました。合格祈願みたいに」
 そう、私は唱えたのだ。『親睦会費が戻ってきますように』と。
 伝言板のある地下二階には、銀行やファストフード店、ドラッグストアといったテナントが入っている。その隙間に、小さな警備室がある。
 制服を着た警備員が常駐しており、運営しているのはビルを管理している、天名インダストリーズの子会社、天名興産だ。
 私たち従業員もたまに警備室を訪れる。ビルの開館時間外に出入りしなければいけないときや、一階にあるショールームの車の入れ替えのため、ドアを開放する必要があるときなどだ。警備員さんに依頼をして対応してもらう。
 警備室があるのは、伝言板のすぐ近く。伝言板に向かって立ったとき、ちょうど背中のあたりに来る位置に窓口がある。
「──はじめて電話をいただいたあと、あれっと思って、今、この電話で確信したんですが、私がフロアにいるタイミングでかけてきていますよね?」
 返事がなかったので、つい「もしもし」と問いかけた。
『聞いています』と落ち着いた声が言う。よく考えたら、相づちひとつがどんなヒントを与えてしまうかわからないから、向こうはだまっているほうが得策なのだ。
 まあいい、好きに話すことにしよう。
「監視カメラの映像を見ているんじゃないかと思って。警備室にはモニターがありますよね。各階の廊下やビルの出入口、エレベーターの様子を常時見られる」