どうやらそのとき、解雇を逃れた人たちの間に、経営陣に対しての恨みが根づいたらしい。数年後、粉飾疑惑などの内部告発による社長交代劇が勃発した。これが、彼らによるクーデターだったのだ。
「クーデターのリーダーがその後、社長に就任した。でも今度は、告発で立場を追われた幹部たちの恨みを買うことになった」
「きりがないですね」
「でしょ。だからもう、そういう遺恨による混乱の芽を摘むために、対社内の諜報組織をつくったんだ。これが第二総務部の原型っていわれてる」
 私はぽかんとしてしまった。思っていた以上に壮大な話だったからだ。
 隣で蔵寄さんが、くすくす笑う。
「漫画みたいだよね。でも、わりとある話なんだよ。大きな会社になると、情報集約の任務を負った人なり組織なりって、必要なんだ」
「そう表現すると、急に会社の一部っぽくなりますね」
「所属もあれこれ変わったらしいけど、結局秘書室が隠れ蓑に最適ってことになったんだね。深くかかわる部署がない独立した組織だし、労働組合員でもない」
「なるほど!」
「生駒ちゃんのマネします。『なるほど!』」
 佐行さんが私の声マネらしきものをして、けたけた笑っている。私、そんなに『なるほど』ばかり言っている? 言っているかもしれない。
「ということは、今回の件は……」
「かぎりなく本業に近かった。少なくとも、ラブレターを渡すとかよりはね」
 阿形さんがしゃべったので見てみれば、取り分けサイズだったポテサラが、もうない。彼は「だけど」と名残惜しそうに彩り用のパセリをぱくっと口に入れた。
「本業かどうかは、じつはそんな重要じゃない」
「柊木の言葉だね、それ」と言う蔵寄さんに、「です」とうなずく。
 私は柊木さんに視線で説明を求めた。手羽先を折るのに集中していた彼が、視線に気づいてみんなを見回す。
「なんだ?」
「俺たちの本業はなにかって話です。〝コア〟のほう。生駒ちゃんが知りたいと」
 柊木さんは手羽先をひとくち食べると、「からい」と顔をしかめ、残りをぽいと阿形さんのお皿にのせた。
「総務部の仕事って、ひとことで言うと、なんだと思う?」
 唐辛子のタレで赤くなった指先をおしぼりで拭いながら、私に質問する。よくあのタレの色で、からいと察しなかったものだ。
 総務部……。
「会社の、もろもろ、を……する、部署……でしょうか」