「ま、そうなるだろうな」
 社長と八雲さんが消えた方角を、澤口さんが呆然と見つめている。真栄さんがそっと声をかけた。
「あれは、あなたを認めてくれたのよ」
「……そうなのかな」
「そうよ。ねえ、本当に会社を辞めて、全部を言うの?」
「うん……、相談もしないでごめん。でも、ずっと心の底で、いつ知られるかびくびくしてたんだなって気づいた。今、すごく気が楽だ」
 真栄さんは「そっか」と明るく言った。
「がんばろうね」
「うん」
「私、なにがあっても味方よ……とか言いたいところだけど、その前に」
 澤口さんを廊下の手すりに寄りかからせ、つかつかとカメラマンの前に行く。
「さっき、どさくさで彼の写真を撮ったでしょう。メモリーカードをよこして」
 さっとカメラマンが胸にかばったカメラを、ひょいとストラップごと背後から取り上げたのは、阿形さんだ。慣れた手つきで裏蓋を開け、SDカードを取り出す。
 その眉が不審そうに寄った。
「ずいぶん容量の小さいカードだな」
「ほかにも持ってるんじゃない? 場所や日付ごとにカード変える人、いるよ」
 佐行さんのアドバイスに、阿形さんが目を細める。身ぐるみはがされかねないと感じたのか、カメラマンがきゅっと身を縮めた。
「そこまでしていただくこともねえよ。澤口選手がアマナを辞めたら、どうせ俺はお払い箱だ。もう彼を追いかけることもない」
「どういうこと?」
 黒幕がだれだか知らない真栄さんは、不可解そうに眉をひそめる。それには答えず、阿形さんが腕時計を見て、「そろそろ行きましょう」と柊木さんに言った。
「このあと、コーチと監督が来るはずです」
「そうか」
 柊木さんがうなずき、真栄さんに視線を向ける。真栄さんもうなずいた。
「私も帰ります。快人くん、もうベッドに戻って。私、来られるだけ来るね。まさか会うのもダメなんて考えてないよね?」
「そのくらいストイックにいきたいけど、無理だよ。ありがとう」
 身体がしんどいだろうに、澤口さんは律義に私たちのほうへ向き直る。
「秘書室のみなさんも、ありがとうございました。本当に……」
 はにかむ顔は、どこか晴れ晴れとしたようにも見える。柊木さんが言った。
「今後のご活躍を祈ります」
 皮肉でもプレッシャーでもない。心から、あなたならきっとできます、と伝えているような声だった。