飛びこんできた声に、みんなはっとした。澤口さんがスライドドアの前に立っていた。顔は土気色で、表情にも力がないけれど、なんの補助もなく自力で立っていたので、私は安心した。
 鎖骨を折ったと聞いた。前で合わせる入院着の胸元から、包帯とコルセットのようなものがのぞいている。痛みがあるのか、身体がうまく動かないのか、彼はおぼつかない足取りで、社長のほうへ向かった。
「快人くん……!」
「俺の甘さと、小心から、こんな騒ぎを起こして申し訳ありませんでした、社長。俺は天名インダストリーズを辞めます」
 駆け寄って支えた真栄さんが、愕然とした表情で彼を見つめる。
「最初からこうすべきでした。なかなか思いきれず……、このケガで、ようやくふんぎりがつきました。自分がしたことも公表して、それでも受け入れてくれるチームがあれば、野球を続けていきたいと思います」
 社長はうっすら笑みを浮かべて聞いている。
「お世話になりました。俺をアマナに誘ってくださって、本当に感謝しています」
「佳乃のことはどうする気だ」
 固い決意に満ちていたように見えた澤口さんの表情が、不安そうに揺れた。だんだんと青ざめ、絶望の色が浮かんでくる。
「……あきらめ、られるかどうかはわかりませんが、距離を……置きます。今の俺では、佳乃さんを幸せにすることはできないので」
 真栄さんは目を見開き、唇をわななかせたけれど、なにも言わなかった。沙汰を待っているみたいに首を垂れている澤口さんを、じっと見守っている。
 満足そうにうなずき、社長が口を開いた。
「ま、そうなるだろうな」
「はい……」
 ぐっと唇を噛みしめ、澤口さんは目を閉じる。
「帰るぞ、八雲」
「はい」
 きびすを返し、社長が澤口さんたちに背中を向けた。たまりかねたように真栄さんが追いかけようと足を踏み出す。それを、澤口さんが腕をつかんで止めた。
「……でも、すべてを世間にさらして、生まれ変わることが許されたら、また佳乃さんとのおつきあいを、認めていただきに行きます」
 社長はエレベーターホールのあるほうへ、廊下を歩いていく。
「俺が佳乃さんにふさわしいかどうか、結論を出すのはどうか、そのときまで待ってください。お願いします……」
 必死の訴えに、まったく反応を見せなかった社長は、廊下の角の向こうに姿を消す直前、こちらを振り向き、口の端を上げた。