「そこをどけ、中の人間に用がある」
「俺もあなたに用があります」
柊木さんは、A4サイズの封筒を差し出した。社長はそれを受け取り、中の書類を取り出してあらためる。口元に浮かんでいた笑みが、だんだん広がっていった。
「まあ、予想どおりってところだな」
「まんまと踊らされておいて負け惜しみですか」
「踊った? だれがだ? 俺はアマナのブランドに泥を塗りかねん選手を、切る機会を得たんだ。まさかの敵からの注進でな。もう一度言うぞ、どけ」
社長は書類を封筒に戻し、振り向きもせず背後の八雲さんに渡した。柊木さんは場所を譲らず、食い下がる。
「澤口選手はアマナのヒーローです。彼を切ったらファンから恨まれますよ」
「酒と車は同時には楽しめない。法律以前の問題だ。意識の低さから人と他人を危険にさらしておいて、なにがヒーローだ」
「当時の状況を正しく知っていますか? 彼は自損事故すら起こしていない。寮の近くの通りで、職務質問を受けただけです。逃げもしなかった」
「それを〝だけ〟と言うのか。お前、アマナの社員として恥ずかしくないか?」
柊木さんがだまった。
「交渉の腕が落ちたな、柊木」
なにも言えない柊木さんを、社長はふんと鼻で笑う。
「違うか。本当のところが言えないから、そんな爪楊枝で武装したような頼りない理屈しかひねり出せないんだな」
わずかに身を屈め、ことさら挑発的に、柊木さんの顔をのぞきこんだ。
「佳乃に頼まれたんだろ? お前、あれの頼みは断れないもんなあ」
「柊木さんにそれ以上失礼なことを言ったら、縁を切るわよ、伯父さん」
ゆっくりと社長が顔を上げた。真栄さんが静かに病室のドアを閉め、つかつかと社長の前にやってくる。
「ごめんなさい、柊木さん。間違ってました。自分でやらなきゃダメよね」
「いや……」
ためらいを見せる柊木さんをぐいと押しのけ、真栄さんは伯父と対峙した。
社長もかなりの長身だけれど、真栄さんも女性としては相当背が高い。本気のヒールをはいたら柊木さんと並ぶんじゃないだろうか。
社長がにやっとした。
「ほお、縁を切るってのは、具体的にどういう手続きを言うんだ」
「とりあえずあなたを二度と伯父とは呼びません。暴虐を悔いながらひとりで生きていってね。剣崎祐一郎社長さま」
「世間知らずになにができる」
「情緒に欠陥があるよりましよ」
「俺もあなたに用があります」
柊木さんは、A4サイズの封筒を差し出した。社長はそれを受け取り、中の書類を取り出してあらためる。口元に浮かんでいた笑みが、だんだん広がっていった。
「まあ、予想どおりってところだな」
「まんまと踊らされておいて負け惜しみですか」
「踊った? だれがだ? 俺はアマナのブランドに泥を塗りかねん選手を、切る機会を得たんだ。まさかの敵からの注進でな。もう一度言うぞ、どけ」
社長は書類を封筒に戻し、振り向きもせず背後の八雲さんに渡した。柊木さんは場所を譲らず、食い下がる。
「澤口選手はアマナのヒーローです。彼を切ったらファンから恨まれますよ」
「酒と車は同時には楽しめない。法律以前の問題だ。意識の低さから人と他人を危険にさらしておいて、なにがヒーローだ」
「当時の状況を正しく知っていますか? 彼は自損事故すら起こしていない。寮の近くの通りで、職務質問を受けただけです。逃げもしなかった」
「それを〝だけ〟と言うのか。お前、アマナの社員として恥ずかしくないか?」
柊木さんがだまった。
「交渉の腕が落ちたな、柊木」
なにも言えない柊木さんを、社長はふんと鼻で笑う。
「違うか。本当のところが言えないから、そんな爪楊枝で武装したような頼りない理屈しかひねり出せないんだな」
わずかに身を屈め、ことさら挑発的に、柊木さんの顔をのぞきこんだ。
「佳乃に頼まれたんだろ? お前、あれの頼みは断れないもんなあ」
「柊木さんにそれ以上失礼なことを言ったら、縁を切るわよ、伯父さん」
ゆっくりと社長が顔を上げた。真栄さんが静かに病室のドアを閉め、つかつかと社長の前にやってくる。
「ごめんなさい、柊木さん。間違ってました。自分でやらなきゃダメよね」
「いや……」
ためらいを見せる柊木さんをぐいと押しのけ、真栄さんは伯父と対峙した。
社長もかなりの長身だけれど、真栄さんも女性としては相当背が高い。本気のヒールをはいたら柊木さんと並ぶんじゃないだろうか。
社長がにやっとした。
「ほお、縁を切るってのは、具体的にどういう手続きを言うんだ」
「とりあえずあなたを二度と伯父とは呼びません。暴虐を悔いながらひとりで生きていってね。剣崎祐一郎社長さま」
「世間知らずになにができる」
「情緒に欠陥があるよりましよ」