ぬっと男性の背後から伸びてきた手が、彼のあまり多くない髪を容赦なくわしづかみにした。佐行さんだ。「いてててて!」という悲痛な叫び声があがる。
 のけぞった喉元に手を押しあて、柊木さんが触れんばかりに顔を近づけた。
「やってみろ。お前が到底雇えないクラスの弁護士を用意して返り討ちにしてやる。いいから質問に答えるんだ」
「おーっと、名刺入れを発見」
 片手で男性の服をさぐっていた佐行さんが、うれしそうに言い、よれよれの革製のケースをぽんと柊木さんに放った。男性から手を放し、柊木さんが中身を出す。
「てめえ、やめろ……ぐえ!」
 奪い返そうとした男性の首に腕をかけ、佐行さんがやすやすと自分のほうへ引き戻した。私はまさかこんなバイオレンスな場面に立ち会うことになるとは思っていなかったため、心臓がドキドキ鳴っている。
 だいぶ溜めこまれていたらしい名刺をすばやくチェックしていた柊木さんの手が止まった。一枚の名刺を指でつまんで、じっと眺め、裏返して私たちにも見せる。
「うちの、茨城製作所の従業員の名刺だ」
「第二技術本部、トランスミッション開発部、杵内(きねうち)……、聞いたことない名前だなあ。技本は大所帯ですからね」
「どうせただの手先だ。おい、お前。だれの命令で動いてるか、この杵内とやらが話してなかったか?」
 男性は脂汗を浮かべながらもニタニタしている。そのすねを柊木さんがボカンと蹴った。ぎゃっとうめいた男性に顔を近づけ、名刺をひらひらさせる。
「名刺をしっかり手に入れているあたり、やるじゃないか」
「人質みたいなもんですからね、名刺は。俺みたいなフリーランスは、金を踏み倒されたらやっていけませんし」
「で、だれの命令だ? もったいぶりたい気持ちはわかるが、俺はどんな手を使っても必ず吐かせる。引っ張ってもいいことはないぞ」
 平静な声に、かえって真実味を感じたんだろう。男性の反抗が消えた。
「名前は知らん。ただ、社内でもトップクラスに偉いお方ってことだった。澤口選手が社長のお気に入りで、しかも社長の姪の恋人だってんで、そこをうまく使って社長の鼻を明かせねえかって依頼でよ。ちょっと調べただけで飲酒運転の記事を見っけたぜ、地方版にこーんな小さくのってただけだけどな。いい金になったわあ」