真栄さんが勤めていたという広告代理店は、宣伝課とも取り引きがあり、しょっちゅう営業さんが出入りしている。そのひとりをつかまえて聞いてみたら、『真栄さんなら春に辞めましたよ』とのことだった。
『元アマナフレンズってこともあって、僕、ちょいちょい話してたんですけど。次の仕事は決まってないって言ってました』
 そう語ったのは十年近くアマナを担当している中堅の営業員さんだ。
『れ、連絡先を知ってたりするレベルに親しいですか?』
『いや、そこまではまったく』
『受付さん同士ってどうでした? 仲のよさそうな人とか……』
『いないんじゃないかなー。休憩とか、いつ見てもひとりでしたよ』
 というわけで、あっさり足取りが途絶えてしまったのだ。
「澤口さんは?」
「さっき宿泊先のホテルに送ってったよ。柊木さんが一緒にいる」
 彼らは日中は、阿形さんが運びこんだPCや資料を使って役員会議室で仕事をしていたのだ。いつものアジトを使わなかったのは、一緒にいる澤口さんにその部屋の存在を知られるわけにいかなかったからだろう。
 自席でPCと向かいあっている阿形さんが、「あれさあ」と会話に加わった。
「パパラッチだよね、タクシー乗り場のところにいたの」
「えっ」
「だろうね。乗せるとき、見つからなくてよかったよ。ああいう人たちって、もっとまわりに溶けこむ努力をすればいいのにね。不穏なオーラ出すぎじゃない?」
「私が見たのと同じ人でしょうか」
 記憶によみがえるのは、澤口さんとぶつかった書店の前をうろうろしていた、あの男の人だ。まいたかと思っていたのに、あきらめていなかったのだ。
「たぶんね。澤口くんには念のため変装してもらったんだけどさ、正解だった」
「変装って、どんなですか?」
「スーツ。僕らと行動するなら、それが一番目立たないから」
 さすが、非常に正しい。
 タクシー乗り場のある駅前ロータリーは、会社のビルを出てすぐだ。その短い距離でさえ手を抜かなかった彼らの判断に感服する。
「スーツというと、買って?」
 阿形さんが首を振った。
「岳人さんに調達してもらった。営業部って、ブラックスーツを会社に置いてる人が多いから。仕事のつきあいが広いぶん、急な弔事とかあるし」
「だからサイズの大きい人のを持ってきてもらったの。それでもすごかったよー、ぱっつぱつ! 腕も腿もこーんな太くてさ」