佐行さんと阿形さんが、ふっとまじめな顔つきになる。彫刻の入った木製のドアを閉めた柊木さんが、ゆっくりと会議机のほうへ向き直った。
「あなたが生駒に頼んだとおり、我々はこっそりあなたを社内に入れました」
「あっ、ありがとうございます。本当に感謝してます」
「本社内でなにをするおつもりですか?」
 澤口さんは阿形さんの名刺を両手で持ったまま、目を泳がせた。すべてを話していいものか迷っているようなその様子に、印象以上に若い人なんだと気づいた。
 天名インダストリーズは、本社は東京にあるけれど、開発部門と工場は茨城県にある。開発部門との打ちあわせが必要になれば、本社からひょいと茨城まで行く。逆に茨城から開発の人たちが来ることも多い。みんな慣れてしまって、距離を感じなくなっている。
 硬式野球部の本拠地はこの開発部門のほうだ。だから都市対抗野球大会にも、茨城の都市の代表として出場している。硬式野球部に所属する選手たちは、開発部署である技術本部の社員なのである。当然、家や寮も茨城にある。
「……人をさがしに来ました」
 意を決したように、彼が口を開いた。
「本社内のだれかですか?」
「いえ、あの、関係者……のような」
「その人はあなたの、なんですか?」
 さすがといおうか、柊木さんは質問をし慣れている。威圧的ではないものの、ごまかしはきかないと相手にわからせる、絶妙な鋭さで尋ねた。
 言いよどむ澤口さんの耳元が、かあーと赤くなっていく。立っている彼を見上げていた佐行さんと阿形さんが、あら、という顔で目を見合わせた。
「お、おつきあいを……している相手です」

「澤口選手? そりゃもう、入社当時から大注目だったよ!」
 加具山さんがいそいそとデスクのキャビネットの、一番下の引き出しを開ける。中から取り出したのは青いバインダーだ。
 開いて驚いた。新聞記事がクリッピングしてある。すべて硬式野球部関連のニュースで、一番古いのが、大学生の澤口さんが、天名インダストリーズに入社を決めたという記事だった。
「澤口さん、私のひとつ上なんですね」
「そうだよー。これからどんどん脂がのってくる年齢だよね!」
 記事の写真を見て思った。そばにいると大きな人だと感じた澤口さんは、ユニフォームを着ていると、そんなに目立つ体格じゃない。むしろ小柄だ。