パパラッチに追われている芸能人かなあ、でも知らない顔だなあ、とか、じつはこの人は若い間男で、さっきの怪しげな男性の奥さんとただならぬ関係に陥っているのかなあ、とか、失礼なことをたくさん考えつつ、バッグを受け取る。
「それじゃ」と再びストラップを首にかけ、別れようとしたとき、男性の視線がストラップの先の社員証に落ちたのがわかった。
 日に焼けた、爽やかな顔立ちの中で、きゅっと唇が引き結ばれる。
「天名インダストリーズの方ですか」
「……そうです」
「本社の?」
 変な質問だなと思った。ちょっと戸惑いつつ、「はい」と答える。
 彼は、私をびくっとさせる勢いで直立し、ついで身体を真っぷたつに折って頭を下げると、身を隠していた意味がなくなるような大きな声を出した。
「お願いがあります!」
「え……?」
「俺をこっそり、社内に入れてもらえませんか」
 冗談を言っている顔には見えない。
 私は混乱し、ただ「え?」とくり返した。

「すみません……本当に。すみませんでした」
 言いながら、あれ、これ昼休みに私が言われた台詞と一緒だな、と気づく。平身低頭の私に冷ややかな視線を浴びせているのは、柊木さんだ。
「うちは交番じゃない」
「そんなつもりは……すみませんでした、本当に……」
 ここは彼らの基地じゃなく、役員会議室だ。秘書室に連絡して予約を取れば、だれでも使える。
 だだっ広い空間に羽目板張りの壁。毛足の長いカーペット、役員全員が一度に集うことができる大きな木の机に、重厚な革張りのオフィスチェア。
 一般社員の使うエリアとそこまで差をつけなくてもいいじゃない、と言いたくなるほどリッチな部屋だ。ただしビルと一緒に年をとってはいるので、古い。
 柊木さんの背後で、そのオフィスチェアに座った佐行さんが、さきほどの若い男性相手にきゃっきゃしている。
「もー、ごめんね、うちのリーダーほんとスポーツとか興味ないから! 今をときめくアマナ硬式野球部のエース、澤口(さわぐち)快人(かいと)くんを知らないとか!」
「いえ、俺のほうこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
 所在なさそうに椅子に座り、相変わらずスポーツマンらしい爽やかさを振りまいている彼は、本当にスポーツマンで、しかも有名な人だった。
 柊木さんが「名前は知ってた」と不服そうにぼやく。私よりは上だ。