なにげなく切り出された話題に、復唱してしまった。蔵寄さんがおかしそうに笑う。
「意外?」
「そう、ですね。飲んでる姿があまり想像できないというか」
「まあ、あいつは実際、ほとんど飲まないんだけど」
 へえ、下戸なのかな。
 同期と飲むとか、一般的な社会人としての営みをしているところ自体、想像しづらい。彼もグルメサイトでお店をさがしたりするんだろうか。
「そこで生駒さんの名前も出て」
「えっ!」
「帰り際、地下二階の廊下でつまずいて転んだんだって? あの転びかたじゃ、両ひざが無事で済んでるはずがないって気にしてたよ」
 ……盛大なあざができて、いまだにスカートをはけません。
 ていうか、ていうかさあ……。
「カメラでいつでも見てるって、ずるいですよね……」
 こっちは会おうと思っても会えないのに。いや、会えなくはないけれど、連絡先ももらったけれど、それはあくまで最終手段であって……。
 ぶつぶつ言っていると、「え? いやいや」と驚いたような声がした。
「この件は違うよ、柊木の目の前で転んだって言ってた」
「え!」
「うずくまってたから声をかけようとしたら、いきなりがばっと立ち上がって、すごい勢いで駅のほうへ走ってったって」
「うわあー!」
 蔵寄さんが、「うわあーってなに?」と目を丸くする。私はそのときのことを思い出し、赤面した。一週間ほど前のことだ。
「私、だれにも見られてないと思ったら人が来る気配がしたんで、いたたまれなくて、痛いのこらえて逃げたんですよ……」
「それが柊木だったってことか!」
「ですね……」
 なんてこと……。助けてもらうより、ある意味恥ずかしい。
 なにかがツボに入ったらしく、蔵寄さんはお腹を押さえて笑っている。まあ、その場面を想像するとたしかに愉快だ。私も他人事なら笑う。
 大通りの交差点にぶつかり、私たちは別れた。
「じゃ、またね」
「はい、それじゃ」
 通りを渡るということは、おそらく彼らはうどん屋狙いに違いない。夏はサラダうどんや冷やしうどんのメニューが充実していて、人気の店だ。
 私は近隣のオフィスビルのカフェレストランに入り、冷房でキンキンに冷やされながらスパゲッティを食べた。
 このビルと会社は地下道でつながっている。帰りは急ぐこともあり、より最短距離で移動できる地下道を使うことにした。