隣の席の加具山さんが、頬を紅潮させて聞いてきた。そういえば高校球児だったと以前言っていた気がする。
「行きたかったなー、どうしても仕事が終わらなくて」
「楽しかったんですが、私、野球のルールがよくわからなくて……」
「そんなの、いくらでも教えてあげるのに」
 隣の列から、一緒に行った浅田さんが「いやもう、そういうレベルじゃなかった」と手を振って、私の無知を揶揄した。
 宣伝課はほぼ全員が応援に行き、私の野球音痴ぶりを目の当たりにしていたため、どっと笑いが起こる。
 しょうがない、野球になんてまったく触れずに生きてきたんだから。
「でも、社歌をおぼえました!」
「えらいえらい。球場に行っただけでじゅうぶん応援になってるんだよ」
 加具山さんにそう言ってもらえて、少し気が楽になる。また応援に行くことがあったら、今度はちゃんとルールや選手を予習していこう。
「それにしても暑いなー」
 どこからかそんな声がした。野球応援用のうちわはフロアでも大活躍だ。ビル自体が古くて湿気が逃げにくいところに加え、節電という名目で冷房は最低限。
 シフォン素材の半袖ブラウスを着ていてちょうどいいくらいだから、ワイシャツ一枚以上の薄着ができない男性には、社内はかなり暑いだろう。
 七月も後半を迎え、いよいよ夏本番なのだった。

 昼食を食べに行こうとエレベーターに乗り、一階で降りたところ、隣のエレベーターも同時に到着した。出てきた集団の中に、蔵寄さんを発見する。
 向こうも同時に私に気づき、「やあ」とにっこり微笑んだ。
「外に出るの?」
「こう暑いと、むしろ出たくなっちゃって」
「わかるよ。僕らもそのくち」
 彼はうしろを歩いている営業部員たちに親指を向けた。
 地下二階から地下街に出れば、日射しを浴びることなく飲食店に入ることができる。雨の日は重宝するけれど、オフィス自体があまり日が入らないため、晴れているときは一階から出て地上を歩くのもいい。
 駅前かつオフィス街という立地上、食べる場所の選択肢は無限にあるように見える。けれど昼休みは四十五分。遠出はできない。食事の提供に時間がかかる店もまずい。
 というわけで、だいたい社員の行きつけの店は固定されてくる。
 私たちはビルを出て、同じ方向へ歩道を折れた。
「この間、柊木と飲んだんだけどさ」
「柊木さんと飲んだ!」