木のバットが硬球を叩く、ポキッという音がした。
「ポキッてことないでしょ、パカーンとかカキーンとか」と部署の先輩に言われたものの、私の耳にはどうしてもポキッと聞こえる。
 野球のボールが白い理由がわかる。赤茶色の土にも緑色の芝にも紛れず、大盛り上がりの観客たちを背景に空中を飛ぶ様子がよく見える。
 ボールがスタンドに吸いこまれると、周囲で怒号のような歓声が響き渡った。左右に身体を揺らして歌い踊る人たちがガツンガツンぶつかってくるおかげで、持っていたビールがこぼれる。
 ドーム球場というからには空調が効いているものと思っていたのに、暑い。おびただしい人の群れが放つ熱気のせいなのか、たんにビールを売るためなのか。
 みんなが大合唱している。なんの歌を歌っているのかと思ったら、わが社には社歌なるものがあったらしい。知らなかった。
 ホームランを打った選手が、グラウンドの上を走って回る。私はこれを、すごいことをしたからファンサービスで凱旋(がいせん)をしているのだとばかり思っていた。さっき、相手側がホームランを打った際、違うと知った。
「ベースを踏んでるんだよ。打ったらアウトにならないかぎり一塁、二塁って順に回るでしょ、それと同じ。そのままホームに帰ってくるから、ホームラン」
「目からうろこです!」
「大丈夫?」
 みんなから心配されてしまった。
 私も含め、スタンドのこちら半分はみんな首からオレンジ色のマフラータオルをかけている。アマナオレンジと呼ばれる、アマナのブランドカラーだ。
 今日の対戦相手は、遠く中国地方から遠征してきた製鉄会社だ。メーカーという同じ業種だけあって、互いにライバル心もメラメラで、一進一退の攻防に観客席は沸きっぱなし。膠着しかけた試合展開に突破口を開いたのが、さっきのホームラン。
 私はマルアマークの描かれたオレンジ色のうちわで顔をあおぎながら、試合の流れに一喜一憂するサラリーマンたちを眺めて楽しい時間を過ごした。

「『都市対抗野球本大会、天名インダストリーズ、初戦快勝!』いやー、久々に熱い夏が来そうだね!」
 本社をあげてナイター試合の応援に行った翌日、社内はまだ興奮の渦の中だった。そこここに朝刊を広げている人と、それをのぞきこむ人がいる。
「生駒さん、昨日応援行ったんでしょ、どうだった?」