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 三人で中央の席に座る。

 完全に燃え尽きた俺を目の前にして、話題の鯛焼きを手にした二人が写真を撮り合っている。

「ほら、あんたも入りなよ」

 萌乃が俺とお嬢様をフレームに収めようと手で合図している。

 そういう気分じゃないんですけど。

 でも、お嬢様が鯛焼きを俺との間にはさみながら顔を寄せてくる。

 萌乃が、「お、いいね」と調子の良いことを言いながらスマホをのぞき込む。

「はーい、フーグッ!」

 なんだその合図は。

 でも、思わず頬を膨らませてしまった。

 カシャカシャカシャカシャ。

 なんで連写なんだよ。

 撮った写真を見せ合って姫君はなかなかご機嫌のようだった。

 温かいうちに食べればいいのに、女子のやることはよく分からない。

 と、スマホをテーブルの上に置いたお嬢様が改まって俺を見た。

「優一郎殿。探偵に必要な物といえばなんでしょうか」

 なんだよ、また探偵ごっこの話に戻るのかよ。

 いいから食えよ。

 めちゃくちゃ高かったんだからよ。

 だが、ちゃんと返事をしないと無駄にご機嫌を損ねてしまう。

「推理力とか、行動力とか?」

 一応真面目に答えたつもりだったのだが、姫君が左手の人差し指を振った。

「探偵の本質というものがまるで分かっていませんね」

 まあ、興味がないんでね。

「探偵と言えば事務所でしょう」

 コンプライアンス的に『*個人の感想です』とかつきそうなご意見ですね。

 俺が返事に困っていると、名探偵殿が微笑みを浮かべた。

「わたくしたちの探偵事務所はどこにすれば良いでしょうか」

 ええと、どこからツッコミを入れたらよいのでしょうかね。

『わたくしたち』のところでしょうか。

『探偵事務所』のところでしょうか。

 もちろんその二つともなんだが、どこと言われても何も思いつかない。

 助けを求めようと萌乃に視線を送ると、「あたし、ほら、美少女怪盗の役だから関係ないし」と鯛焼きの太った腹を持ったまま笑いをこらえている。

 おいおい、あんこが飛び出るぞ。

 そもそもおまえは美少女でも怪盗でもないだろうが。

 なんで俺だけこんな目に遭わなくちゃならないんだろうか。

「でも、二人だけだと部活にも同好会にもならないから、活動場所はもらえないんじゃないか?」

 途端にお嬢様の眉間にしわが寄る。

「部活とか同好会とか、あなたは何を言っているのですか。真面目にやらないのならクビですよ」

 むしろそうしてもらえるとありがたいんだけどな。

 うんざりしている俺の気持ちなどおかまいなしに、自称名探偵殿が左手の人差し指を立てた。

「ここをわたくしたちの探偵事務所にするのです」

 ここ?

『ここは探偵事務所ですか? いいえ、フードコートです』

 どうして今日はこうも現実離れした例文ばかり出てくるんだろうか。

 しかし、お嬢様は本気らしい。

「場所にとらわれず仕事に取り組める最先端のモバイルオフィスです。いつでも休憩が取れますから働き方改革にも適応しています」

 なんだそりゃ?

「リモートワークに対応した最新のスマートオフィス、シェアオフィスと言ってもいいかもしれません」

 ジイサンバアサン達と何をシェアするんだよ。

 萌乃が横から口をはさんだ。

「いいじゃない。現場主義ってやつでしょ」

 意味分かってんのかよ。

「さすがは萌乃さん。良いことを言いますね」

 よけいなことを言うなという俺の視線をあえて無視するように萌乃が右手の人差し指を立てた。

「事件は教室で起きてるんじゃないもんね」

「そう、その通りです」

 少しは見習いなさい、とお嬢様が俺の方を向いて鯛焼きを二つに割り始めた。

 ただ、その割り方が奇妙だった。

 鯛焼きを二つに分けて食べるなら、ふつうは頭と尻尾に分けるんじゃないだろうか。

 しかし、この風変わりなお嬢様は背中と腹に分けたのだ。

 割れた皮からもりもりとあんこがはみ出してくる。

「まあ、なんということでしょう」

 いや、それは俺の台詞だって。

 見た目がかなり悲惨なことになっている。

 しかし、お嬢様の言いたいことはそういうことではなかったようだ。

「あんこが尻尾までぎっしりではありませんか」

 はあ。

 それはいいことじゃないのか?

 だって、この鯛焼きは丸々と太っているのが売りなんだろう?

 なのにどういうわけか、名探偵殿は憤慨している。

「これでは、二つに割って、遠慮したふりをしながらたくさんあんこの入った方を相手に食べさせるという、古典的な毒殺トリックが成立しないではありませんか」

 いや、あの、フードコートのど真ん中で毒殺を叫ばないでくださいよ。

 幸い、まわりの年寄りたちの耳には届かなかったらしく、こちらに注目している人はいない。

「世知辛い世の中ですわ」

 いや、世の中のほとんど全員が尻尾まであんこぎっしりで喜んでると思うぞ。

 だからあれだけ行列ができてるんだろうし。

 大体自分でそう言っておいて、背中と腹に分けてたら、そもそもそのトリックは成立しないじゃないかよ。

 学校で言っていた『お手本を示して差し上げましょう』というのは、もしかしてこれのことだったのか。

 だからあえて一つ少なく買った訳か。

 でもこれじゃあ、俺のおごりのこの鯛焼きは引き裂かれ損ということじゃないかよ。

 嫌になっちゃうよ、もう。

 財布は軽いし、心も痛いぜ。

 とはいえ、一度は不機嫌になった名探偵殿も肩をすくめながら俺に鯛焼きを半分よこし、萌乃は一匹まるごとかぶりついて、ようやくみんなで味わうことができた。

「えへへ、おいしいね」

 萌乃が満足そうに丸い頬をなでている。

 その仕草がお気に召したのか、名探偵殿もまねをし始めた。

「ええ、つぶあんの甘さがほどよく、品がありますね」

 たしかに、味はいい。

 見た目のインパクト勝負なのかと思ったけど、皮もパリッとしていて意外とちゃんとした鯛焼きだ。

 これなら一時のブームだけでは終わらないだろう。

 ん?

 歯に何かが軽く当たった。

「あ、栗が入ってる」

 そういえばまるごと入れてあるんだったっけか。

 ふと顔を上げると、俺の手の中にある鯛焼きを見てお嬢様が不満そうに唇を突き出していた。

 なんだよ、栗が食べたかったのかよ。

 萌乃がすかさずフォローを入れる。

「マコっちゃん、あたしの栗食べる?」

 いえ、良いのですと、負け惜しみのような返事をしてから澄まし顔を俺に向ける。

「仕方ありませんわね。毒殺トリックのお手本を示したのですから。そちらに栗が入っていたのが正解です。毒に見立てた栗なのですから」

 明らかに栗の恨みのこもった声でそんなことを言われても困ってしまう。

 もう味なんか分からない。

 俺はもそもそと鯛焼きを口に押し込んだ。

「しかし、これさ、誰が毒殺したか分かっちゃうじゃないか。結局、一緒に鯛焼きを食べたやつが犯人ってことだろ。完全犯罪っていうのは、トリックか犯人のどちらかでも分からないようにしないと成立しないよな」

 俺の不用意な発言で場の空気が一変した。

「そ、それは犯人側の視点であって、真相を探求する探偵には関係のないことです。探偵の助手が完全犯罪を賛美するとは何事ですか」

 自称名探偵のお嬢様は自分が食べている鯛焼きのように頬を膨らませたままうつむいてしまった。

 一匹丸ごと食べ終えた萌乃だけが笑いをこらえている。

「あたし、ちょっとお手洗いにいってくるね」

 あ、逃げたな。

 どうしたらいいんだよ、この空気。

 まあ、俺のせいなんだけどな。

 仕方がない。

 財布には痛手だが、安寧の日々のために身銭を切るとするか。

「ちょっと、もう一回買ってくるから」

 俺はお嬢様を一人残して席を立った