わしの三大好きなもん。阪神・お好み焼き・眠ること。

 わしの三大嫌いなもん。巨人・もんじゃ焼き・起きること。

 もんじゃ焼きはゲーじゃ。巨人もゲーじゃ。でもそれ以上に、気持ち良く眠てるところを起こされんのは我慢ならん。怒るでしかし!

「奥川、起きて。ぼく怖いよー」

 怒りマックスや。目え開けて、そこにイッチの顔が、思った以上に近い距離にあんのを発見すると、迷わずストレートをくれた。

「痛ーい、なにすんのー」

「原田伸郎か! おどれ今、わしの肩に触ったろ」

「だって、声かけても全然起きないし」

「二度とすな! わしの身体には、誰にも触らせる気ないねん」

「……あ、そ」

「まだ十五やんかあ。そこは大事にしてんねん。気ィつけてや」

 椅子から立とうとした。そんとき、さっきまでのことを思い出した。

「ここどこや。わしらの教室やな」

 イッチと自分のかっこを見た。制服のブレザーのまま。窓のほうを見る。夕焼け空と、遠い家並と、サッカーゴールのある校庭。なんや、日常の風景そのまんまやないけ。

「わしら、レイにかつがれたんかな。ただ眠らされただけや」

「けどさ、誰もいないよ。部活の子も先生も」

「みんな今日は早く帰ったんやろ。わしらも帰ろ」

「ま、待ってよ。なんかちがうよ、ここ。やっぱ夢だよ」

「夢? わし、こんなつまらん夢見いへんで。わしの見る夢じゃ、みんな空飛んどる。われはいつも、こんな日常的な夢見るんけ?」

「うん。なんだかぼく、子どものころから、この教室を夢に見てきた気がする。すごく懐かしい。切なくて、涙が出そうなくらい」

「気色悪いなあ。誰もいない教室が、たんに物寂しいだけやろ」

「ううん。ここは確かに現実とはちがう。ぼくにはわかる。もしかすると、本当にぼくは昔、こっちの世界に住んでたのかも」

「座敷わらしみたいなやっちゃな。われもセリイと同類か」

「座敷わらしって?」

「わしもよう知らん。とにかくここは、わしの思ってた夢とちゃう。あんたらと一緒にせんといてや」

 立ち上がってカバンを捜した。が、わしの席がない。一個一個見てまわったけど、どこにも自分の席がなかった。

「変やなー。さっきまでの教室と、どっかがちがう」

「出てみよう。せっかく夢に来たんだから、カバンなんか置いてさ。まずはサイレントを捜そう」

 幾野セリイのことなんぞ、正直どうでもよかった。わし、またムラムラっときて、一ノ瀬イッチの腕つかんで、ショートレンジのアッパーを入れた。

「痛いって! あ、ぼくに触ったな」

「おなごが触る分にはええんや。われもうちょっと、人の気持ち考えられんか」

「……?」

「ムカつくのう。ハテナ、ちゅう顔してからに。わしがなんでわれについて来たんか、まだわからんか」

「……面白そうだからでしょ?」

「そんなわけあるかい! わし、この世で充分おもろかったんや。ん? 今となってはあの世いうんかな? まあええ。ともかくあっちで青春謳歌しとったがな。なにが哀しゅうて、こんなうら寂しい夢ん中なんぞに来んねん。せやろ?」

「それは、来てみたら、意外に寂しかったってことでしょ。誰も飛んでなくて」

「責任取りいや。帰してくれ、もう」

「無理だね。帰る方法ないらしいもん」

「せやったら、あんさん、一生わしの面倒見なアカンで。わし、女やさかい」

「なんだよ、勝手に来といて」

 こないに冷たい男とは知らんかった。見損なったで、ホンマ。

 ま、わしもどうかしとった。クラスメートが気になる言うて、危険に飛び込もうとするメンズを見て、ついイケメンぽく感じてもうたんやな。ほんでまた、そいつを助けに自分も飛び込むんが、ヒロインぽくてかっこええ思うてもうた。

 若気の至りや。後悔先に立たず。めちゃくちゃでごじゃりまするがな。

 ともかくここにいてもしゃーない。イッチのあとから教室を出た。

「幾野さーん、幾野さーん」

「小野田さーん、やなかった、セリイはーん、聴こえますかー、どーぞー」

「一ノ瀬と奥川でーす、幾野さんを捜しに来ましたー、いたら返事してくださーい」

「じゅんとネネでーす、三波春夫でございます、責任者出てこーい」

「ねえ、まじめにやってよ」

「せやけどあいつ、サイレントやんか。声出さんもん、捜されへんがな」

「玉城の理論だと、この世が嫌で口利かなくなったんだから、こっちに来たら普通にしゃべるんじゃない? ユエナはどう思う」

「あ、今われ、下ん名前で呼んだな。なにどさくさに、距離縮めとんねん」

「そのくらい許してよ。こうなったら、もうコンビなんだから」

「わし男女のコンビ、そない好きやないねん。やっぱし男がええな。なんちゅうても男は横山。うう、やっさんのこと想うと、今でも涙が出る。ゆっくりしいや!」

「どうしてもふざけるんだね」

「当たり前や。おもんないのは罪や。おどれなんか犯罪者やで。なんで普通のことしか言わんねん」

「思いつかないもん」

「お笑い見んのか? 好きな芸人とかおらん?」

「あんまり」

「信じられんのお。一人くらいおるやろ」

「そうだなあ……見るとつい笑っちゃうのは、ジェームス・ブラウンとか、O・J・シンプソンとかかな」

「JBとOJは芸人ちゃうで。偉人や」

 結局校内には誰もおらんかった。お陽さんも沈んで、すっかり暗くなった。

「幾野の家に行ってみよう。自宅に帰ったのかもしれない」

「住所知っとんのか?」

「ううん。交番で訊いてみようと思って」

「なんでそこまですんねん。そないに惚れとったんか」

「実はさ、変な話なんだけど、聞いてくれる?」

「われしかしゃべる相手おらんのやから、聞くしかないやろ。早よ言え」

「ぼくって子どものころから、夢には音がなかったんだ」

「へー、おもろ。そんでどないしてしゃべんねん」

「しゃべんないよ、夢では」

「くそつまらん。おまえは死刑じゃ」

「それで、小学校の一、二年生のころに、よく同じ女の子の夢を見たんだ。ただ黙って横にいて、道を歩いたり、遠くの山を見たりするだけなんだけど、幾野がしゃべるのをやめたとき、なんとなくその子に似てると思ったんだ。顔はよく憶えてないんだけど、雰囲気というか、空気感がさ」

「そんで、惚れてもうた?」

「惚れたってほどじゃないけど、もしかして、この子と出逢うことになるのを、ずっと昔に夢が教えてくれたのかなあって」

「アホくさ。夢見る乙女みたいに言いくさって。もっと現実を見い!」

「現実見ろったって、ぼくたちいるの、夢だよ」

 ホンマに頭痛がしてきた。

「もうええ。さっさと駐在行って、サツにセリイを見つけてもらえ。あいつに会ったら、おまえ男の夢に出る趣味あんのかって、わしから訊いたるわい」

 駐在所は、高校から駅のほうへ歩いて五分くらいのところにある。そっちへ向かうあいだ、車が何台か通ったり、家の灯りが見えたりはしたが、道を歩く人の姿はついに一人も見かけんかった。

「なんでこないに人おらんのやろ。物寂しいにもほどがあるわ」

「見つからない行方不明者が毎年千人で、そのうち半分がこっちに来たとしても、一年で増える人口は五百人程度だから、人口密度が低いんじゃない?」

「せやけど、誰も戻ってこんのやから、毎年増える一方やろ。もっとおってもええで」

「増えても、死んだら減るから」

「夢でも死ぬんか? 夢ないなー」

「知らないけどね。こっちで結婚して、子どもを産んだりとかもするのかな?」

「そいつもサツに訊け」

 駐在所に着いた。大きな窓ガラスに寄って中を覗くと、おった! 制服着たおまわりが、机に向かって仕事しとる。夢で出会った初めての人間や。

「嬉しなー。人間ってええもんやな。いてくれただけで、わし、この人好きになってもうた。こんばんはー」

 ガラス窓の嵌まった戸をドンドン叩いた。するとおまわりがこっちを向き、さっと立ち上がって戸を開けると、

「いらっしゃい」

 えらく愛想よく言った。とっても感じがええ。初期のころの花の駐在さんを思い出して、なんだか懐かしくなってもうた。

 ま、思い出したゆうても、令和っ子やさかい、リアルタイムで観たわけやあらへん。わしらクラスのギャルの知識は、だいたいユーチューブや。ほんでも懐かしいと感じんのはなんでやろ。そんだけ人恋しかったんかな。

「新婚さんかい?」

 おまわりが、にやついて言った。このおっさん、どうやらジョークが好きらしい。わし、ボケたろう思って口開いた。すると、横からイッチがまじめくさった顔で、

「ちがいます。ぼくたちまだ十五ですから」

「じゅ、じゅうご。ぷぷぷ」

 おまわりが大げさにひっくり返った。身体張るタイプやなー。

「十五のカップルか。ま、それもよし。中入って」

 駐在所に入ると、親切に坐らせてくれた。このおっさんに訊きたいことは山ほどあったが、イッチはせっかちに、

「幾野セリイという、ぼくらの同級生を捜しています。ぼくたちよりも数時間前に、えーと、あっちからこっちに来たんですけど、学校では見つからなくて、もしかして家に帰ったのかなーと思って。でも住所を知らないから、交番で訊こうと思いまして」

「なに? 一つのクラスで三人もこっちに? そんな話聞いたこともない。よっぽどひどい学校なんだな」

「いえ、別に学校が嫌で来たわけじゃなくて、まず幾野さんが、同級生の手で夢に送られて、それを追ってぼくらも送ってもらったんです」

「はあ? なにを言っとるんだ、きみは。警察をバカにすると逮捕するぞ」

「本当なんです。まあ正直言うと、ぼくの場合、夢に憧れはあったんですが」

「全然話がわからん。憧れたからって、来れる場所じゃないだろ。そんならとっくにこっちはパンクしてる。普通はだな、この世で生きていくことにどうしても支障があって、出口が見つからないでいるときに、ぽかっと穴が開いて、そっから落ちて来るもんだ。きみらみたいに悩みもなさそうな若者が、レジャー感覚で来るとこじゃない。さあ、本当のことを言え。心中でもするつもりだったんだろう?」

 これにはマジで驚いて、声が上ずってもうた。

「お、おまわりはん。ホンマにツボ知らん?」

 イッチとわしと二人して、どうやってこっちに来たかを説明した。その真剣さが伝わったんか、おまわりもうーんと首を捻り、

「マスターモミゾウねえ。ちょっと信じられないけど、信じるか信じないかはあなた次第……よし、信じよう」

「ほんで、夢からあっちに戻る方法、おまわりはんは知りまへんか?」

「ないない。だって、みんな穴から落ちてきたんだよ。上から下には落ちれるけど、下から上には落ちられないでしょ」

「こっちの世界で、行方不明になるのはおらん? もしおったら、たぶんその人たちはまた現実に――」

「そこに掲示板があるだろ。今月の行方不明者ゼロ人。でもあの数字信じちゃダメよ。ぼくが勝手につけてんの。ぷぷ」

「そんなことしてええの?」

「だってぼく、元は刑事だったんだけど、落ちこぼれでさあ。犯人にも親がいるしなあって思うと、つい同情して逃がしちゃうの。犯罪者には人気あったよー。でもクビになっちゃって、いっそ首でもくくろうかなーって思ったときに、こっちに落ちたんだ。ぼくにはここが居心地いいから、向こうに戻りたいとは思わないよ」

「こっちでは、あんまり事件はないですか?」

「逆、逆。犯罪ばっか。こっちに落ちてくるやつらには、幼女誘拐犯とか、サイコキラーがゴロゴロいるから。きみらみたいに若くてピチピチしてるのは、すぐ狙われちゃうよ。だから、早く住めるところを見つけたほうがいいよ」

 イッチとわしは、顔を見合わせた。

「その、元々向こうで住んでた家は、こっちにないんですか?」

「ないよ。こっちは向こうとそっくりに見えて、どっかがちがうから。さっき幾野さんがどうとか訊いてたけど、その子の家もない」

「じゃあ、ホテルで泊まるとか、アパートを借りるとかしかないんですか?」

「金は持ってる?」

「ぼくは千円ちょっと」

「わし五百円」

「じゃあ無理だ。今夜は野宿だな」

「だけど、殺人犯がいるんですよね?」

「うようよね」

「警察は捕まえないんですか?」

「あははは。ぼくみたいなのばっかだもん。期待しちゃダメだよー」

「おまわりはん、後生だす、金貸しとくんなはれ」

「かわいそうだけど、ぼくも金はない」

「拘置所に泊まれませんか?」

「なんの罪もない十五歳の少年少女をぶち込んだら、ぼくが逮捕されちゃうよ。さあ、もう行って。ぼくは一人になりたいんだ」

「殺されたら、恨みまっせ」

「夢だって厳しいんだよ。人を当てにしたらいかん。金がないんなら、住み込みで働かせてくれる店でも探すんだね。でも、条件のいいところなんてまずないよ。経営者だって、みんな筋金入りの落ちこぼれなんだから」