お笑い館殺人事件

 ふっ、と目が開いた。

 机が見えた。顔を起こす。教室。ブレザーの袖でよだれを拭く。

 右を向く。一ノ瀬イッチが、ちらっと視線をよこした。

 チャイムが鳴った。

 まだ頭がはっきりせん。イッチに訊いた。

「今、何時間目や」

 イッチがフンと鼻で嗤う。

「もう授業は終わりだよ。爆睡だったね」

「そうか……われは起きとったんか」

「当たり前じゃん。なんつって。実はぼくもさっき起きた」

「夢、見たか?」

「見たような気もするけど、憶えてない」

「一つ訊いていいか」

「なに」

「われ、三十歳で死のうと思ってるか?」

「えっ? どうしてそれを」

「アカンで。三百まで生きな」

「ああ、そうだね……」

 するとイッチが、ふと眉をひそめ、突然肩を触ってきた。

「なにすんねん、いきなり。痴漢やぞ」

「いや、その……男に触られても、平気?」

 わしは、ぶるっと震えた。

「うん。そんぐらいなら平気や」

「よかった」

「でもそんぐらいにしとき。わしらまだ十五やからな」

 前を見た。担任が、無表情に口を開く。

「先ほど連絡がありました。本日早退した幾野セリイさんは、都合で転校することになりました」

 みんなが、えーと言った。わしとイッチは顔を見合わせた。

「なんだかわし、まだ夢見とるようや。現実感がない」

「なんで夢ってあるんだろうね。よく考えると不思議だね」

「まあな」

 そう言って、机に頬杖をついたとき、ブレザーの中でなにかが動いた。

「わっ、なんや」

「トールチャンッ!」

 コザクラインコが、制服の隙間から飛び出して、教室をぐるぐる飛びまわった。

「あ、ぼくのピヨちゃん」

 イッチが立ちあがって、捕まえようとした。教室がパニックになる。

「誰だよ、鳥なんか持ってきたの!」

「やだ、フンした」

「キレイね。羽が真っ青」

「幸せの青い鳥だ」

「捕まえろ!」

 みんな勝手にわーわー騒いで、ホームルームはむちゃくちゃになった。

「ワスレテチョウダイ、ワスレテチョウダイ~」

 わしは、しばらく呆気にとられとったが、急に気になって、机の下でそっとスマホを開いた。

 お笑いの動画を検索する。イヤホンを耳に入れて、急いで確認する。

 トムちゃんは、見事に十週を勝ち抜いていた。
                                          (おしまい)