おもろいことになりそうや。

 幾野セリイちゅうのは、スズメみたいな女や。そこらになんぼでもおって、誰も気にせえへん。なに食って生きてんのかもしらん地味な鳥や。

 対する玉城レイは、クジャクや。われこそ鳥の中の鳥っちゅう顔して生きとる。まあ、クジャクはきれいかもしれへんけど、ホンマは凶暴やで。性格も悪いしな!

 クジャクはイッチが好き。イッチはスズメが好き。ほんでもって、クジャクはスズメのことが元から嫌いや。この火種には、ぜひとも薪をくべてやらなあかん。

「わしの見るところ」

 放課後、一ノ瀬イッチに言うたった。

「セリイの失踪には、レイが一枚噛んどる。あの女、怪しげな術使いよるからな」

「術?」

「秘密のツボがあるんじゃ。寝かせる言うて、そいつ押したんやな。したら消えてもうた」

「……そんなこと、ある?」

「わしに訊かんと、本人に訊いたれ! 二人っきりで、秘密の話したいんですけどー言うねん。そしたらあの女、うん聞く聞くー言うで」

「どうかなあ……さっき、ものすごいにらまれたけど」

「なんや、知っとったんか。あれこそ証拠や。乙女心の裏返しやな。わし、ホームズの生まれ変わりでんねん。名探偵の言うこと信じたらよろし。早よ行け!」

 わしは帰るフリして、ドアの隙間からこっそり見とった。イッチはしばらくおろおろしとったが、そのうちレイが一人になると、

「あのー、ちょっと……」

 わし、地獄耳やから、あんなすかしっ屁みたいな声でもちゃーんと聴こえる。

「えっ、あたし?」

 ビンゴや。あのクジャク、羽広げて今にも飛びそうな顔しよったで。

「二人っきりで、秘密の話をしたいんですが」

「ふた……ちょ、ちょ待ち」

 レイのやつ、頭おかしくなりよったんか、突然うろうろしだすと、教室に残ってたやつらの尻を浣腸よろしく突いてまわった。

 するとみんな、オカマのコソ泥みたいなかっこして帰ってもうた。

「便所……じゃなくって、トイレに行きたくなるツボを押したの。テヘッ。さあ、これで二人っきりよ」

「すごいですね。術、使えるんだ」

「やだもー、イッチくん、術なんかじゃないわよー。ただのモミ」

「そのモミを、幾野さんにも使った?」

「……幾野?」

「ほら、急にいなくなったじゃん。カバン置いて。だから、トイレに行きたくなるツボが効きすぎて、まだ止まらないんじゃないかって――」

「なんやわれ」

 ん? なにやら急に、雲行きが怪しゅうなったで。

「あのスケがどないした言うねん。わしと話がしたいんちがうか」

「だからその、幾野さんのことを……」

「その名前をわしの前で出すな! むっちゃ嫌いやねん。あのあばずれ、わしのこと、シカトしよったからの」

「だってそれは、サイレントだから」

「わしにゃ通用せん! なんやコラ、あの極道の肩持つんかい」

「それは、クラスメートだからさ。消えたら気になるじゃん」

「じゃん? われ、ええ根性しとるの」

 クジャクの本性モロ出しや。太いタマやで、正味。

「冥土の土産に聞かせたるわい。あん極道は、この世から消したんや。あいつに気ィあんやったら、われもあっちへ送ったるで」

「え、マジ?」

「当たり前じゃい。こいつはホラちゃうで。あれが口利かんのは、この世のなんもかもが嫌んなったからじゃ。そやろ? だったら、消したるのが親切やないかい」

「――殺ったの?」

「ドアホ! わしは手は汚さん。ツボは万能ちゅうこと、われ知らんのけ」

「ツボ?」

「そや。人間は、頭の先から尻の穴までツボだらけや。それを、どの順番で、どんくらいの強さ、角度で押すか、その組み合わせは無限や。せやから、引き起こせる現象も無限なんじゃ。記憶をなくすことも、半身不随にすることも、一年じゅうハッピーなピーポーにすることも、煙みたく消すこともできる。わしの親父はそれを研究開発したから、マスター呼ばれてんねん。マスターいうんは、世界に三人とおらん」

「すごいんだね」

「おう。われも、幾野がどうとかぬかさんかったら、わしと結婚するツボ押したってもよかったんや。ホンマやで」

「それはいいけど……この世から消えたら、どこに行くの?」

「そんなもん、夢ん中に決まっとるがな」

「夢? 夜見る、あの?」

「夜でも昼でもええ。あん夢が、もう一つの世なんよ」

「へえー、知らなかった」

「勉強なったろ?」

「それで、幾野さんは、いつ夢から帰ってくるの?」

「はあ? 日帰り温泉旅行ちゃうで。そんなもん、行ったきりやがな」

「というと?」

「片道切符の旅や。夢から帰ってきたやつなんぞおらん」

「そうなの?」

「考えてみい。日本だけでも、毎年八万なんぼが行方不明になんねんで。そのうちどうしても見つからんのが、だいたい千人くらいおる。その何割かはあっちに行ったんや。せやけど、夢から帰ってきた体験談なんか、一個も聞いたことないやろ? ジャングルから帰ってきたおっさんはいるけど」

「じゃあ、幾野さんも?」

「おんなじや。でも、ちーともかわいそうなことあらへん。落ちこぼれには、あっちのほうがええんよ。わしは行ったことないから知らんけど、たぶんそうや。この世にいるなら死んだほうがマシいうやつ、なんぼでもおるやろ。あれもそんな感じやった。せやからわし、おまえホンマはこの世から消えたいんちがうかって訊いたんや。したら黙ってうなずきよった。なら消したるわい言うて、秘密のツボ押した。あいつ消えたとき、まわりに人おったけど、だーれも気ィつかんかったで。気にしとんのわれだけや」

 イッチのやつ、しばらく難しい顔して黙っとった。

 と、いきなり決心したいう感じで、

「――ぼくも、消せる?」

 レイがポカンとした。わしも危なく、なんでやねんって言いそうなったわ。

「なんでじゃ」

「ぼくも実は、この世に違和感があるんだ。もしかしたら、そっちこそ、ぼくの生きる場所なのかも」

「イワカンってなんじゃい。アラカンの弟か」

「人生は一度きり。きみと会ったのもなにかの縁。そうだ、ぼくはぼくらしく生きるために、夢の国へ行く」

「デズニーみたいに言うてからに……わし知らんで」

「幾野さんだけミッキーたちと遊んでるなんてズルい! ぼくも行くう」

「ほなら坐り。グッバイ、イッチ。後悔すなよ」

「待った!」

 これ言ったんわしや。ドア、パーン開けたら、二人ともぎょっと振り向きよった。

「ユエナかい。ひょっとしてわれ、盗み聞きしとったんか」

「おう。いやー、まぐれ当たりちゅうもんがあるんやな。セリイが消えたん、やっぱしあんたの仕業やったんか。せやけど、むちゃくちゃおもろそやないかい。わしも送れや」

「気安う言うな。二人やったら、なんや駆け落ちかいうて、警察もまじめに調べんけど、三人消えたらさすがに騒ぎになんで」

「黙っとけばええんじゃ。サツも夢まで調べに来んやろ」

「親父にはバレバレや。わし、怒られてまう」

「済んだことごちゃごちゃ言うなって、ピシっと言ったれ。思春期の娘が親父に負けてどうする」

「それもそやな。ほな坐り」

 イッチと並んで椅子に坐った。

「はいリラックスー、深呼吸してー」

 イッチが目を閉じて、床屋に来たみたいに椅子に寝そべった。消される気マンマンや。

 レイはイッチの正面に立って、両手でイッチの両手を持ち、ゆっくりと指先を揉みはじめた。それだけで、イッチの口がパカンと開いた。

 続いてまぶたにそっと触れる。深い呼吸の音が聴こえてくる。指先が首すじを撫でる。イッチの手がピクピク震える。

 レイがイッチの足元にしゃがみ込んだ。サンダルをずらして、足首のまわりをじっくりと揉む。そのうちイッチが、やたらと大きいイビキをかきだした。

「ユエナ、次はあんたや」

 おんなじことを、レイがわしにやった。やっぱし気持ちええ。さすがプロや。せやけどわし、どないして消えるかどうしても知りたかったから、必死で起きとった。だからレイにくるぶしとか踵を揉まれたときも、意識が遠のきながら、なんとか嘘のイビキでごまかしたった。

「こんでええ。ほんじゃま、お二人さん、さ・よ・お・な・ら。プー」

 レイの熱い手のひらが、わしのどてっ腹の真ん中に置かれた。反対の手はイッチの腹に当てとんのを、薄目で確認した。

 と。

 イッチの身体が、急に透けたようになった。なんやあいつ、前から存在が薄い薄いと思っとったけど、ホンマに薄うなったでと、薄ぼんやりした頭で考えたとき――

 わしの意識も消えた。