わしもそれが気になっとった。

「そや、あの続きを言えや」

 イッチはまた、照れ臭そうにモジモジすると、

「たまたま思いついたんだけど」

 顔をほんのり赤くして、話し始めた。

「ぼくたちは、ツボを押されてこっちに来ました。どうしてそういうことが可能だったかというと、ツボにはぼくたちの知らない秘密があって、その押す強さ、時間、角度などの組み合わせで、無限の作用を引き起こすことができるからだそうです」

「待ってな、コーヒー淹れたる」

 わしはシンクのほうへ行って、四人分のコーヒーを淹れた。

「ありがとう。それで奥川さんは、どこのツボを押されたかをちゃんと記憶していました。ぼくはそれを聞いて、頭の中で反芻してみました。最初に両手の指先、次にまぶた、首すじ、足首のまわり、最後にお腹。ぼくと奥川さんは、ツボの本を見てみましたが、それこそ数える気にもならないくらいたくさんツボがあって、果たしてどの組み合わせだったかを特定するのは、到底不可能だと思いました。だから、なんの知識もないぼくらにそれを再現するのは無理だとあきらめ、マスターモミゾウのお兄さんであるオーナーに教えてもらうしかないと考えたのです」

「すまんな、実はおれもまったく知らん」

 タマちゃんが、コーヒーを啜って悪びれもせずに言った。

「どうせそんなことやと思ったわ」

 わしはため息をついた。それをアテにしてマッサージ館に来たばっかりに、とんだ事件に巻き込まれ、危うくKOされるところやった。

「もちろん、すぐに教えてもらえるとは思わなかったので、無駄を承知で、指、目、首、足、お腹と、自分で触ってみたりしました。しかしこの中で、首は果たして、首のツボなのかと思いました。というのは、奥川さんの話では、押されたのは首というより、のどの近くだったようだからです。のどというのは変わってるな、そんなところにツボがあるのかな、とぼくは考えました。指、目、のど、指、目、のど」

 イッチがコーヒーを飲み、あちっと顔をしかめた。

「そこでぼくは、おやっと思いました。指、目、のどの順番で、頭文字をつなげてみると、ゆ、め、の、となることに気づいたからです。夢の、か。これは面白い偶然だな。残りは足とお腹だから、あ、お、です。ゆ、め、の、あ、お。これでは意味がありません。まあ、意味がなくて当たり前なんですけど、ほかに考えることもなかったので、もう少しこの言葉遊びを続けてみました。足はひょっとして、足ではないのかもしれない。ユエナはどこだと言ってたろう。そうだ、足の内側と、踵だった。そういえば、足の内側のくるぶしのことは、内果というんだったな。内果、踵で、な、か、か」

 聞きながら、わしも頭の中で文字をつなげてみた。ゆ、め、の、な……か?

「夢の中!」

 思わず声をあげると、イッチがにこっとした。

「面白いでしょ? 最後にお腹を、へそだと考えたの。そうすると、夢の中へ、となるんだよね。夢の中へ、夢の中へって、わ、井上陽水じゃんって思って」

「いやいや、イッチ、陽水になるからおもろいわけやない。まさしくわしらは夢の中へ来たんや。こんな偶然あるか?」

「こじつけだな」

 タマちゃんが鼻で嗤った。イッチはますます照れ臭そうになり、

「もちろんこじつけですが、いったん頭文字が気になりだすと、なんでもその法則を当てはめたくなってきました。山岸先輩の死体を発見したあと、しばらくして、そういえば先輩のことをマッサージしたなと思い出しました。階段から落ちて打った場所をさすったんです。あれはどこだったろう、確かお尻とか、背中とか、お腹だったな。あと、すねも触った。尻、背中、お腹、すね。順番はどうだったろう。すねが最初だったかな。す、し、せ、お? だめだな、全然言葉にならない。お腹はへそかな? 待てよ、山岸先輩は、横っ腹と、胃のあたりをさすってほしいと言ってなかったかな。す、し、せ、よ、い? ちがう、すねの次は胃だった。で、最後が横っ腹だった気がする。すね、胃、尻、背中、横っ腹。もしこの順番だったとしたら、どうなるだろう。す、い、し、せ、よ……あ、水死せよだ」

 サンマルチノが椅子を蹴って立ちあがった。わしはブーッとコーヒーを噴いた。

「水死しようにも、ここには海も川も、風呂桶もないしね。だから洗濯機に水を溜めて、頭から飛び込んだのかなあなんて、バカなことを考えたりして」

「待って、バカじゃないわ」

 サンマルチノが、真剣な顔で言った。

「偶然も、二つ重なると偶然とは呼べない。一ノ瀬くんは、この世に潜む、とんでもない秘密を発見したのかもしれないわ」

「ツボの秘密ですよね。だとしても、発見したのはぼくじゃなくて、玉城レイさんのお父さん、つまりオーナーの弟さんですよ」

「フン、おれじゃなくて悪かったな」

 タマちゃんが拗ねて、イッチを上目遣いににらんだ。

「でもおかしいじゃないか。夢の中へ、と押したら、すぐこっちに来たんだろ。水死せよ、と押したら、たちまち水死したのか? え?」

「たぶんそれは」

 イッチの代わりに、サンマルチノが答えた。

「夢の中へ、と押したのは、プロみたいに上手な子だったんでしょ。だからすぐに効果が現れたのよ。一ノ瀬くんは素人だから、そこにタイムラグができたんじゃないかしら」

「それこそこじつけだ」

 タマちゃんは納得しない。しかしわしは、だんだん興奮してきた。

 そうや。わしがモミスケしたあと、あの嘘つきのタコ社長は道で行き倒れた。その次は、マッサージの練習でアホを揉んだ。ソバカスもマッカーサーも揉んだ。それがみんな死んだんは、それとは知らずに、偶然おかしな順番で身体を触ったからやないか? さて、それぞれどの順番で触ったか……

「夢の中へと水死せよか。うまいこと文章になったな。じゃあ秋山先輩はどうだろう。ぼくは、マッサージの練習で秋山先輩を揉んだので、どの順番で触ったかを思い出そうとしました。確か、こめかみのあたりを揉んだな。臀部もやった。指先もやった。そういえば、先輩は恥骨結合炎という疾患に悩まされてるとかで、恥骨も触らされたな。こ、で、ゆ、ち? いやちがう、恥骨が最初だった。ち、こ、で、ゆ? どうもこれじゃあ正解が出そうもない。どうやって死んだかを考えてみよう。秋山先輩は、突然酸素が薄くなったと言って死んだ。じゃあ、酸欠になれ、となるような順番で押したのかな? でも、さ、ん、け、つ、だと、んが入っているからダメだ。だったら窒息ならどうだろう。ち、っ、そ、く、か。小さい『つ』があるからこれも無理かな。だけど、最初が恥骨だとすると、『ち』で合ってるしなあ……あ、そうだ。指先のマッサージをしたとき、爪に触ってるぞ。恥骨の次が爪なら、ち、つ、だ。その次が『そ』か。『そ』で始まる身体の部分……こめかみ……頭……頭の横……わかった、側頭部だ。ち、つ、そ、になった。いいぞ。次は『く』だ。うん、これは首だろう。あと残った臀部は、尻というふうにすると、恥骨、爪、側頭部、首、尻で、ち、つ、そ、く、し、窒息死だ。うん、できた」

「お見事!」

 わしとサンマルチノは、拍手で讃えた。タマちゃんだけが、歳くって頭が固くなったせいか、しきりに首を捻っとった。

「な、わしにもやらせてくれ」

 まずはタコ社長や。どこを触ったっけ。おケツは揉まされた。足ツボもやった。あとは……そう、手首や。変なとこ揉ませるなあと思ったが、自分の手を骨に沿って揉んでみると、これが案外気持ち良かった。

「うん、思い出したで。ケツ、足、手首や。け、あ、て。ちゃうな。ケツは尻かな。待てよ、いちばん最初は足やったな。あ、し、て? だめや。全然できん」

「ギブアップには早すぎるよ」

 イッチが、まるでギムレットには早すぎるみたいにマーロウっぽく言うと、わしから奪った名探偵役をすっかり楽しんでる調子で、

「手首って、どのあたりだった。親指側? 小指側?」

「親指や。いや、ちがう。最初親指側を要求して、あとからやっぱこっちも言うて、小指のほうも揉ませよった」

「じゃあそれは、橈骨と尺骨と考えよう。これで、『と』と『し』を手に入れた。いちばん最初に触ったのは足だったんだね。踵とか、くるぶしじゃない?」

「ちゃうな。オーソドックスに足の裏や」

「仮に、あ、としておこう。次は尻? それとも橈骨?」

「うーん、尻やったような……待てよ。手をやって、あいだに尻を挟んで、また手をやれ言うたな。手、尻、手や」

「で、橈骨が先なんだね。足、橈骨、尻、尺骨、あ、と、し、し、か。『し、し』はうまくないな。尻は臀部にしてみようか。すると、あ、と、で、し、だね。あとほかに触ったところはない?」

「あ、思い出した。首をやったで。それが最後や。まちがいない」

「あ、と、で、し、く、あ、と、で、し、く……うーん、なんだかもうちょっとで、文章になりそうな気がするんだけど」

「前半は、あとで、やな。し、く、が変や」

「首はどう? のどじゃなかった?」

「首は首や。ネック、ネック言うて、うなじをさんざん揉まされたで」

「ネックねえ……あ」

 イッチが、口をFFのサボテンダーみたいな形にして叫んだ。

「あとで死ねだ!」

「あとで死ね?」

 わしも負けじと、口をモルボルくらいでかくして言うた。

「そっかあ。いやー、悪いことしたなあ。あとで死ねなんて、なにも急がせんでも、どうせそろそろ死ぬとこやったのに。あちゃー、やってもうたあ」

 後悔先に立たずや。だから後悔はこれくらいにして、先に進んだ。

「そうすると、空海の松んとこで見つけた、すだれ髪のおっさんも怪しいな。あれたぶん、マッカーサーが揉んだんやで」

「きっとあの人も、偶然死ぬような順番で、身体を触られたんだよ」

「たとえば?」

「そうだね。松で死ね、なんてどう?」

「ハハハ。横着しよるな。後半の『で、し、ね』が、タコ社長のときと一緒や」

「ありえるでしょ。まはまぶたで、つは爪。それで、松で死ね。どう?」

「ま、ええやろ。空海の、まで考えるのも面倒やしな。よし、次行こ。タコの次はアホや。なんだかアホも、タコとおんなじようなとこやらせたな」

「あとで死ね?」

「いや、まったくおんなじやない。最初の足と、最後の首は一緒や。あとは、手首は小指のほうだけやったかな。それと、背骨に沿って背中を揉ませよった」

「最後がネックで、その前が尺骨なら『し、ね』だから、そこは死ねで決定しよう。最初は足だったね」

「うん。だんだん思い出してきた。その次は手をやって、あいだに背中を挟んで、また手をやったんや」

「手首は、どっちも尺骨?」

「そうや。足、尺骨、背中、尺骨、ネックでええと思う。とすると、あ、し、せ、し、ね……あしせ死ね? あしせってなんや?」

「わかった。それは背中じゃなくて、背中と腰を含めた全部なんだよ。それを体幹っていうんだ。『せ』を体幹の『た』に変えれば、あしたしね、明日死ねさ。チェキラ!」

 わしとイッチは、イエーイと手を打ち合わせた。

「なーるへそ。あれはソバカスに毒を盛られたんやなくて、ただ死んだんか。なんだかわしのはつまらんな。イッチはええのう。溺死とか窒息とか、死なせ方がおもろい」

「くだらんことを言うな! あいつらが死んだのはギャグじゃない!」

 タマちゃんが、苦虫を噛んで食ったような顔して吠えた。わしらの名推理に対する嫉妬やろうが、文句ばっかつけるのはただの老害や。イッチも、年寄りはしょうがないねーっちゅう感じで肩をすくめると、

「菊池先輩と永作先輩は、ユエナが揉んだ?」

「おう、どっちもわしや。えーと、マッカーサーは、美容っぽいことばっかやらせたな。フェイスマッサージに、ヒップアップに、脂肪絞りや。確か順番は、フェイス、ヒップ、背中、わき腹やった気がする」

「それだと『ふ、ひ、せ、わ』だね。たった四文字か。それに、それぞれ別の言い方を探さないと、全然文章になりそうもない」

「フェイスは顔、ヒップは尻か臀部。背中は体幹かバック、わき腹はなんやろな、脂肪かぜい肉か横っ腹かな」

「か、し、た、し……か、で、ば、ぜ……これはちょっと難しいな。逆から考えよう。菊池先輩の死に方は?」

「餓死よ」

 横からサンマルチノが言うた。わしには即身成仏したとしか見えんかったが、親友がそう言うんならそっちにしとこう。

「餓死、ガシ……し、は尻だな。となると、フェイスを『が』にするには……あ、顔面だ。残りは背中とわき腹で、せ、わ。がしせわ?」

 わしははっとして、早押しクイズみたいにテーブルを叩いて叫んだ。

「わき腹は横っ腹や。それで、が、し、せ、よ、餓死せよや!」

 頭ん中で、ピンポーンちゅう音が鳴った。なんも言えねえほど、チョー気持ちいい。

「どうや。たった四文字で、文章にしたったで」

「ユエナもすごいじゃん。花畑先輩、やっぱり菊池先輩は餓死でしたよ!」

 サンマルチノは、うううと呻いて泣いた。

「じゃあ最後、永作先輩だ。これは難問だね。首がネジみたいにまわって取れたんだから、相当長い文章になるはずだよ」

「あいつ、やたらとあちこち揉ませたからな。ほんでバチが当たったんや。どれ、思い出すで。えーと、ソバカスは、足のほうからどんどん上に向かってやったな。足、尻、腰、背中、首、手。それでも足りずに、また首と背中やれ言うたで」

「あ、し、こ、せ、く、て、く、せ。わー、こりゃ長いなー。別の言い方を考えるにしても、組み合わせの数がむちゃくちゃある」

「これも逆から考えよう。ソバカスの死にざまは?」

「あれ、なんて言うの?」

「ネジ式ソバカス」

「そんな言葉ないよ。リアルTT兄弟?」

「どうかなあ……エジプト十字架のほうが、まだええと思うけど」

「ねえ聞いて」

 サンマルチノが、指で涙を拭きながら言った。

「最初の四つは、腰と背中をセットで体幹としたら、足、尻、体幹で、あ、し、た。明日になるわ」

「明日! それええな。姉さん、さすがよのー」

 持つべきものは先輩や。ちゃんとええとこでアドバイスをくれる。

「残りは首、手、首、背中や。く、て、く、せ。明日くてくせ……明日の次の『く』が怪しいな。『く』の次に『び』がきたら、一気に正解にいけそうやけど」

「び、ねえ。びで始まる身体の部位……鼻骨っていうのがあるけど」

「ビコツって?」

「鼻の骨」

「そら触ってないわ。まあ、うっかり触ったことにしてもええけど、わしインチキだけはしとうない。正々堂々勝負したいんや」

「まだ尾骨もあるよ。尾てい骨ともいうけど、お尻の真ん中へん」

「わ、ビンゴや。しっぽの先やれ言うて、そこ揉まされたがな。く、び、ができた!」

「明日首、の次は?」

「手、首、背中。待て。手っちゅうより、指先やったな。ゆ、く、せ?」

「指先ねえ……爪だと、つ、く、せ。ちがうな」

「親指、人差し指、中指……あ、そうや。中指の爪持って揉んだわ」

「中指……な、く、せ。明日、首、な、く、せ」

「明日首なくせ!」

 わしとイッチが同時に叫んだ。

「ひゃー、首なくせかあ。首なくそう思ったら、身体から外すしかないもんなー。ほんであんなふうに、妖怪の仕業みたいになったんか」

「この事件に、妖怪は関係なかったんだよ。すべては偶然だったのさ」

「偶然か。重なるときは重なるもんやのお」

 触る順番が一個ちがっても、こんなことにはならんかった。猿がでたらめにキーボードを叩いて、たまたまサラリーマン川柳の一位ができてしまうくらいの確率やが、わざとやったんやない以上、恐ろしい偶然と呼ぶしかなかった。

「おい、貴様ら。本当に偶然か?」

 タマちゃんが、人を疑うようにギョロ目を細くした。なんや、自分はちっとも推理できんかったくせにと、わしはカッとなったが、イッチは冷静やった。

「ぼくは以前、ポケットにスマホを入れてたら、勝手にメールを送ってしまったことがあります。振動で、たまたまそうなったんです。しかもそれが、『お前即死して』になってたんです。びっくりして、送ってしまった友だちに必死で謝りましたが、偶然というのは怖ろしいなーと思いました」

「フン。そんなメールが立て続けに送られてきたら、おれなら偶然とは認めん」

「ほななにかい、わしらが知ってやっとって、わざわざ推理してみせたいうんかい。こちとら伊達や酔狂で探偵やっとるんちゃうで。そういや、伊達家酔狂いう落語家がおったけど、今でも生きとるかな?」

「なによ。あなたたちって、テレビで観なくなった芸人は、すぐ死んだことにするのね!」

 サンマルチノが金切り声をあげた。えらいカリカリしとる。そら偶然とはいえ、仲間が続々と死んだんやから無理もなかった。

 わしとイッチの目が合うた。一瞬で、おんなじことを考えとるなとピーンときた。

 イッチが、コホンと咳払いして言うた。

「みなさん、聴いてください。ツボというのは、病気の症状や痛みを軽くするだけではなく、今見たように、正しい組み合わせで押せば、ほとんど無限の効果が発揮できると証明されました。ただ今回は、それが悲劇につながってしまいましたけれど。だったら、そのツボの力を利用して、事態を収拾させるべきだと思うんですが、どうでしょう?」

「なんだ。くどいばっかりで、全然意味がわからんぞ」

 タマちゃんが唇を尖らせたとき、とおるちゃんがピヨピヨ鳴いた。鳥でもわかるような単純なことが、このおっさんにはわからんらしい。

「その先は、わしが言うたる。こういうことや」

 わしも、エヘンと咳払いした。

「ツボで殺すことができるんなら、その反対もできる。つまり、『い、き、か、え、れ』ちゅう順番で、死体を押したらええんや」