ところが。
六つのマッサージルーム、トイレ、女子の休憩室、受付と見てまわったが、誰も見つけることはできんかった。
「いないな。クソ、逃げられた」
「怪しいやつがいないか、外を見まわってみるか」
「そこまでしなくていいんじゃない? それよりも、みんなで交番に行こう。あとは警察に任せたほうがいいよ」
ソバカスがそう言うと、アホは黙ってうなずいたが、古参兵が腕組みをし、
「そろそろクミさんが、オーナーを連れてくるだろう。先にオーナーに話してから行ったほうがいい」
男どもは、もう犯人は遠くに行ったと思ってるようや。しかしとおるちゃんは相変わらず興奮して、
「ココデワラワナイト、モウワラウトコナイヨー!」
天井を飛びまわっていた。もしかして、わしらはどこか見落としてるんちゃうやろか。人間一人が隠れられる、盲点の場所を――
と、首を捻って考えとったとき、外で車の音がした。
「オーナーのベンツだ」
みんなあわてて受付に走り、直立不動で待った。
「こんばんは、森進一です」
自動ドアが開くなり、タマちゃんが、不機嫌全開の顔で言った。今回は、さすがに兄貴のかっこやなかったが、すっかり釣りに行く気だったのか、やたらとポケットのついたベストを着とった。
「山岸さんはどこ?」
タマちゃんのあとから、サンマルチノが入ってきた。洗濯室ですと古参兵が答えると、マッカーサーと二人、階段をのぼっていった。
階段を降りてきたとき、サンマルチノは泣いていた。
そして、なんやらうわ言みたいに、言葉をつぶやいとった。
たった一人でこっちへ来て
たった一人で死んじゃった
あんなに必死に生きてきて
だけど逃げずにがんばって
なんのためにがんばったの
だけどそれも消えちゃった
自作の詩らしい。内容が当たり前すぎて、これじゃ売れんわなと思った。
せやが――
わしもちょっと、死、いうもんを考えさせられた。
詩っぽくするとこうや。
なんで人は死ぬんやろ
オギャーと生まれて早十五
わしかてちっとは考える
ヤなことあっても生きてきた
死ぬのは悪いと思うから(誰に?)
せやけど正味、みんな死ぬ
死ぬのは当たり前田のクラッカー
ほいでも悲しい色やねん
こいつは矛盾とちゃいまっか?
こんな矛盾をほっぽって
どうして生きろ言いまんねん(誰が?)
生きる理由を教えてや
気ィついてみたら夢ん中
死体を三つも見てもうた
こいつに意味はあるんかな
それとも意味はないんかな
意味あるんなら知りたいわ
意味ないんなら、ハイ、それまでヨ
サンマルチノが涙を拭いて、わしをじっと見た。
「すべては虚しい、そう思ってるんじゃない?」
わしは答えんかった。そうは思っとらんかったから。
「わたしたちは、たくさん死を見せられている。新聞、ドラマ、小説、歴史、芸術でね。どうしてなんだろう。人はこんなにたくさんの死を見る必要があるのかしら? どう考えてもあふれすぎている。これらの大量の死の結末はなに?」
わしは肩をすくめた。結末なんて、ないと思ったから。
「わたしは山岸さんの笑顔がもう一度見たい。そうでなきゃ虚しすぎる。世の中にいくら美しいものがあったって、最後がこれじゃあ出来が悪すぎるのよ」
わしはそっぽを向いた。サンマルチノはむちゃを言うとる。ほんなら変態オヤジがゾンビになって、復活したらええいうんかい。
――?
ふと、わしの頭ん中に、妙な考えが降りてきた。
夢ん中なら、そいつもアリちゃう?
そんなことあるわけない、というのは、常識に縛られた答えや。ここは常識とはちがう。ほとんど向こうと一緒やけど、なんかがちがう。さて、そのなんかとはなんやろう?
「なあ、イッチ」
小さく声をかけた。イッチが無言で振り向く。
「わしらがここに来たのって、意味あると思うか?」
イッチが肩をすくめた。自分がやるのはええが、人にやられるとむかつくポーズや。
「わしには意味あるいう気がするんよ。だったら、結末もあるのかもしれん。変態オヤジが生き返って、もうイジメられんようになるのが、いちばんええ結末とちがうか?」
イッチは首を捻った。
「ちょっとなに言ってるかわからない」
「そうや。わしにもわからんのや。なんで夢のくせに普通に死ぬ? わしらの状態は普通か? ちゃうやろ?」
「まあ、そうだけど」
「ツボ押されて来たんやで。充分異常や。だったらな、変態オヤジのツボ押して、生き返らせるいうのはどや?」
「それはいくらなんでも――」
「無理、決めつけたらアカン。なんでも試さな。なあ、タマちゃん。ツボは無限で万能ちゅうのは、確かにホンマか?」
タマちゃんは、相変わらずの仏頂面で、
「弟が言うにはな。おれは知らん」
「死者を生き返らせるツボ、聞いたことないか?」
「はあ? なにをくだらんことを。それよりおれは、猛烈に腹が立ってる。味方にグダグダの守備をされた下柳の気分だ。山岸のヤロー、最後まで迷惑かけやがって。店で殺人があったなんて知れたら、客が来なくなっちまう。店が潰れりゃ、貴様らも全員クビだぞ」
すっと心臓が冷えた。こんガキ、なにが下柳じゃ。わしはプッツン切れた。
「おうおうおう。こんなときでも商売かい。おどれは夢の住人失格やのお」
サンマルチノがわしの腕をつかんで引いた。でも止まらんかった。
「現実に帰ったれ、ドアホ! おどれみたいなくされ外道は、向こうがお似合いじゃ。汚く虚しく死んでいけ! わしらと同じ空気吸うな」
タマちゃんはぷるぷるとこぶしを震わせた。わしは、殴んなら殴れと顎を突き出した。
と、次の瞬間タマちゃんは、小早川にホームランを打たれた江川みたいに、床にがっくり膝をついた。
「えーん、えーん、死ねなんて、コンプラ違反だよー」
唖然とした。サンマルチノはため息をつき、
「オーナーはね、すごく打たれ弱いの。マット・ガファリくらい。そう、小川のパンチでコンタクトがずれて戦意喪失した、あの彼くらいにね」
「馬場の裏腕ひしぎでギブアップした、ラジャ・ライオンとどっちが?」
「あれは馬場が強すぎたの」
わしらは揃ってタマちゃんを見た。もはやなんの威厳もないその姿は、裸の王様、いや、パンツまで剥ぎとられた井出らっきょと変わらんわびしさやった。
「なあ、タマちゃん。教えとくれ。このマッサージ館には、隠し部屋とか、床下収納とか、屋根裏とか、屋上シェルターとか、人間が隠れられるような空間がどっかにないか?」
タマちゃんは、えっ、えっと涙をすすっとったが、
「……ない。無駄なものは、作らん主義だから」
「犯人が隠れてたら、わしらで捕まえようと思ったんやがな。しゃーない、そろそろ警察呼ぶか。車で交番に行こう」
するとタマちゃんは、焦った顔して、
「ま、待てコラ。おおごとにするな。客が来なくなる」
「まだ言ってんのかい。ほんならタマちゃん、あんたがホシ挙げてくれるか?」
「せめて事故死にできないかな。そっと死体を移して、川で溺れたように見せかけるとか」
「セコいのう。みんなしらけてまっせ。あんたには、従業員が死んで悲しいとか、犯人が憎いっちゅう感情はないんか」
「ないことはないが……おれにはビジネスを考える責任があるし、悲しけりゃ働かなくていいってわけじゃないしな。みんなも本音はそんなもんじゃないの、なあ阿部?」
突然振られたアホは、「えっ?」ちゅう顔をしたが、
「そうですねえ。三日くらい、休みになったら嬉しいですけど」
アホがそう言うと、タマちゃんは満面笑顔になって手を叩いた。
「ほれ見ろ。仲間が死んでも、そのおかげで仕事が休めたらラッキーと思うのが人情だ。いやー、きみは実に人間味がある。この正直者~」
「じゃあ、明日は休みでいいですか?」
「いや、それは許さん。さっさと山岸を川に棄ててこい」
調子こいて言った。アホはムッとした様子で、
「えー、めんどくさい。それに、客だけじゃなくておれだって、コロシがあった店なんか嫌ですよ。三号館に異動させてください」
「な、なんだと貴様、おれに口答えする気か」
「だって、もうオーナー恐くないもん。号泣見せられたら、さすがにヤバいっしょ」
と、吐き捨てるように言って、受付のカウンターに寄りかかったときやった。
「うっ」
アホが目をむいて、胸に手を当てた。
「ごあっ!」
そのまま前のめりに倒れて、手足をけいれんさせた。あまりに急なことで誰も動けない。
やがて、アホの手足が動かなくなった。そこでようやくサンマルチノが、我に返ったようにアホの身体に飛びつき、ごろんと仰向けにさせた。
アホの顔は紫色に変色し、口から舌がだらりと伸びとった。
六つのマッサージルーム、トイレ、女子の休憩室、受付と見てまわったが、誰も見つけることはできんかった。
「いないな。クソ、逃げられた」
「怪しいやつがいないか、外を見まわってみるか」
「そこまでしなくていいんじゃない? それよりも、みんなで交番に行こう。あとは警察に任せたほうがいいよ」
ソバカスがそう言うと、アホは黙ってうなずいたが、古参兵が腕組みをし、
「そろそろクミさんが、オーナーを連れてくるだろう。先にオーナーに話してから行ったほうがいい」
男どもは、もう犯人は遠くに行ったと思ってるようや。しかしとおるちゃんは相変わらず興奮して、
「ココデワラワナイト、モウワラウトコナイヨー!」
天井を飛びまわっていた。もしかして、わしらはどこか見落としてるんちゃうやろか。人間一人が隠れられる、盲点の場所を――
と、首を捻って考えとったとき、外で車の音がした。
「オーナーのベンツだ」
みんなあわてて受付に走り、直立不動で待った。
「こんばんは、森進一です」
自動ドアが開くなり、タマちゃんが、不機嫌全開の顔で言った。今回は、さすがに兄貴のかっこやなかったが、すっかり釣りに行く気だったのか、やたらとポケットのついたベストを着とった。
「山岸さんはどこ?」
タマちゃんのあとから、サンマルチノが入ってきた。洗濯室ですと古参兵が答えると、マッカーサーと二人、階段をのぼっていった。
階段を降りてきたとき、サンマルチノは泣いていた。
そして、なんやらうわ言みたいに、言葉をつぶやいとった。
たった一人でこっちへ来て
たった一人で死んじゃった
あんなに必死に生きてきて
だけど逃げずにがんばって
なんのためにがんばったの
だけどそれも消えちゃった
自作の詩らしい。内容が当たり前すぎて、これじゃ売れんわなと思った。
せやが――
わしもちょっと、死、いうもんを考えさせられた。
詩っぽくするとこうや。
なんで人は死ぬんやろ
オギャーと生まれて早十五
わしかてちっとは考える
ヤなことあっても生きてきた
死ぬのは悪いと思うから(誰に?)
せやけど正味、みんな死ぬ
死ぬのは当たり前田のクラッカー
ほいでも悲しい色やねん
こいつは矛盾とちゃいまっか?
こんな矛盾をほっぽって
どうして生きろ言いまんねん(誰が?)
生きる理由を教えてや
気ィついてみたら夢ん中
死体を三つも見てもうた
こいつに意味はあるんかな
それとも意味はないんかな
意味あるんなら知りたいわ
意味ないんなら、ハイ、それまでヨ
サンマルチノが涙を拭いて、わしをじっと見た。
「すべては虚しい、そう思ってるんじゃない?」
わしは答えんかった。そうは思っとらんかったから。
「わたしたちは、たくさん死を見せられている。新聞、ドラマ、小説、歴史、芸術でね。どうしてなんだろう。人はこんなにたくさんの死を見る必要があるのかしら? どう考えてもあふれすぎている。これらの大量の死の結末はなに?」
わしは肩をすくめた。結末なんて、ないと思ったから。
「わたしは山岸さんの笑顔がもう一度見たい。そうでなきゃ虚しすぎる。世の中にいくら美しいものがあったって、最後がこれじゃあ出来が悪すぎるのよ」
わしはそっぽを向いた。サンマルチノはむちゃを言うとる。ほんなら変態オヤジがゾンビになって、復活したらええいうんかい。
――?
ふと、わしの頭ん中に、妙な考えが降りてきた。
夢ん中なら、そいつもアリちゃう?
そんなことあるわけない、というのは、常識に縛られた答えや。ここは常識とはちがう。ほとんど向こうと一緒やけど、なんかがちがう。さて、そのなんかとはなんやろう?
「なあ、イッチ」
小さく声をかけた。イッチが無言で振り向く。
「わしらがここに来たのって、意味あると思うか?」
イッチが肩をすくめた。自分がやるのはええが、人にやられるとむかつくポーズや。
「わしには意味あるいう気がするんよ。だったら、結末もあるのかもしれん。変態オヤジが生き返って、もうイジメられんようになるのが、いちばんええ結末とちがうか?」
イッチは首を捻った。
「ちょっとなに言ってるかわからない」
「そうや。わしにもわからんのや。なんで夢のくせに普通に死ぬ? わしらの状態は普通か? ちゃうやろ?」
「まあ、そうだけど」
「ツボ押されて来たんやで。充分異常や。だったらな、変態オヤジのツボ押して、生き返らせるいうのはどや?」
「それはいくらなんでも――」
「無理、決めつけたらアカン。なんでも試さな。なあ、タマちゃん。ツボは無限で万能ちゅうのは、確かにホンマか?」
タマちゃんは、相変わらずの仏頂面で、
「弟が言うにはな。おれは知らん」
「死者を生き返らせるツボ、聞いたことないか?」
「はあ? なにをくだらんことを。それよりおれは、猛烈に腹が立ってる。味方にグダグダの守備をされた下柳の気分だ。山岸のヤロー、最後まで迷惑かけやがって。店で殺人があったなんて知れたら、客が来なくなっちまう。店が潰れりゃ、貴様らも全員クビだぞ」
すっと心臓が冷えた。こんガキ、なにが下柳じゃ。わしはプッツン切れた。
「おうおうおう。こんなときでも商売かい。おどれは夢の住人失格やのお」
サンマルチノがわしの腕をつかんで引いた。でも止まらんかった。
「現実に帰ったれ、ドアホ! おどれみたいなくされ外道は、向こうがお似合いじゃ。汚く虚しく死んでいけ! わしらと同じ空気吸うな」
タマちゃんはぷるぷるとこぶしを震わせた。わしは、殴んなら殴れと顎を突き出した。
と、次の瞬間タマちゃんは、小早川にホームランを打たれた江川みたいに、床にがっくり膝をついた。
「えーん、えーん、死ねなんて、コンプラ違反だよー」
唖然とした。サンマルチノはため息をつき、
「オーナーはね、すごく打たれ弱いの。マット・ガファリくらい。そう、小川のパンチでコンタクトがずれて戦意喪失した、あの彼くらいにね」
「馬場の裏腕ひしぎでギブアップした、ラジャ・ライオンとどっちが?」
「あれは馬場が強すぎたの」
わしらは揃ってタマちゃんを見た。もはやなんの威厳もないその姿は、裸の王様、いや、パンツまで剥ぎとられた井出らっきょと変わらんわびしさやった。
「なあ、タマちゃん。教えとくれ。このマッサージ館には、隠し部屋とか、床下収納とか、屋根裏とか、屋上シェルターとか、人間が隠れられるような空間がどっかにないか?」
タマちゃんは、えっ、えっと涙をすすっとったが、
「……ない。無駄なものは、作らん主義だから」
「犯人が隠れてたら、わしらで捕まえようと思ったんやがな。しゃーない、そろそろ警察呼ぶか。車で交番に行こう」
するとタマちゃんは、焦った顔して、
「ま、待てコラ。おおごとにするな。客が来なくなる」
「まだ言ってんのかい。ほんならタマちゃん、あんたがホシ挙げてくれるか?」
「せめて事故死にできないかな。そっと死体を移して、川で溺れたように見せかけるとか」
「セコいのう。みんなしらけてまっせ。あんたには、従業員が死んで悲しいとか、犯人が憎いっちゅう感情はないんか」
「ないことはないが……おれにはビジネスを考える責任があるし、悲しけりゃ働かなくていいってわけじゃないしな。みんなも本音はそんなもんじゃないの、なあ阿部?」
突然振られたアホは、「えっ?」ちゅう顔をしたが、
「そうですねえ。三日くらい、休みになったら嬉しいですけど」
アホがそう言うと、タマちゃんは満面笑顔になって手を叩いた。
「ほれ見ろ。仲間が死んでも、そのおかげで仕事が休めたらラッキーと思うのが人情だ。いやー、きみは実に人間味がある。この正直者~」
「じゃあ、明日は休みでいいですか?」
「いや、それは許さん。さっさと山岸を川に棄ててこい」
調子こいて言った。アホはムッとした様子で、
「えー、めんどくさい。それに、客だけじゃなくておれだって、コロシがあった店なんか嫌ですよ。三号館に異動させてください」
「な、なんだと貴様、おれに口答えする気か」
「だって、もうオーナー恐くないもん。号泣見せられたら、さすがにヤバいっしょ」
と、吐き捨てるように言って、受付のカウンターに寄りかかったときやった。
「うっ」
アホが目をむいて、胸に手を当てた。
「ごあっ!」
そのまま前のめりに倒れて、手足をけいれんさせた。あまりに急なことで誰も動けない。
やがて、アホの手足が動かなくなった。そこでようやくサンマルチノが、我に返ったようにアホの身体に飛びつき、ごろんと仰向けにさせた。
アホの顔は紫色に変色し、口から舌がだらりと伸びとった。