6
トイレは少し混み合っていて、自分の順番が来るまで時間が掛かったが、私が再び二人のところに戻ろうとトイレから出た直後、前を見れば、二人は向かい合って何かをいい合っている様子だった。
穏やかな拓登が瑛太にはっきりと何かを言っている感じに見えたのは、弱みを握られていたことがなくなったからだろう。
それでも、あまり自分の事をいいたがらない拓登には、人から自分の話をされるのが嫌だったのかもしれない。
だけど、真実が分かった今、これがしっかりと自分を見て欲しかった理由だったと思うと、拓登にしてみればどこかで人と違う自分に自信が持てないでいたのだろうか。
そこに拘り過ぎて、まずは先入観のない目で自分を見て欲しかったから、私と接する時は変に回りくどくなっておかしくなっていた。
また見せかけだけで寄って来る女の子達に対しては、自分のこともよく知らないのにという気持ちが強くなってしまったところもあったのだろう。
海外で過ごしているだけに、日本人ばなれした自分に拓登もどこかで悩んでいた。
その気持ちは私も理解できる。
ただでさえ、高校生活が始まって不安もある中、これからを左右する人間関係を築くのに失敗する恐れと言うものもあるし、海外で過ごしただけで何を噂されるかもわからない。
それだけ慎重になっていたということだった。
これで拓登の問題は理解できたけど、瑛太がそれに気づいて、それを利用していたことは許せない。
瑛太がそれを言い出したのは、私が騙されていたことにがっかりさせようと思ったのだろうか。
もちろんびっくりはしたけど、それが原因で拓登を嫌うことにはならない。
寧ろ、もっと深く拓登の気持ちが分かって却ってよかったくらいだった。
誰しもどこかで心配事があればスパッと真実なんて語れない。
でも、瑛太は一体何を考えているのか。
ただ私と拓登の邪魔をしようとしているだけではなさそうな気がする。
拓登に何か言われて瑛太がうな垂れているのをみると、何か瑛太にもトラウマ的な問題があるように思えてきた。
それがあるから、刺激される度に何かがひっかかって、意地をはってしまうのではないだろうか。
まだ私の知らない何かがある。
そう思いながら私は二人に近づいた。
「遅くなってごめん。混んでた」
「だから女は何かと面倒なんだよな」
拓登と話していたときのしおらしい態度と打って変わって、瑛太がつっかかる。
まるで八つ当たりされているようなものを感じた。
「だって、仕方ないじゃない。沢山いたんだもん。それより、二人で何を話してたの? 遠くからみたらなんか真剣そうだった」
「ああ、これからどこへ行こうかって。ちょっとお腹空いただろ。真由は何が食べたい?」
拓登の答えはあの状況からみたら合ってないように思えた。
どうみても、拓登が瑛太に怒っていたように思えたけど、でも私は別に何も言い返さずに「なんでもいい」と無難に答えていた。
「だったらさ、ヒロヤさんの店に行こうぜ」
瑛太がニヤッとして答えた。
すでに最初からそこへ行こうと思っているような顔だった。
ヒロヤさんのお店は居心地がいいし、私もそれはいい案だと思ったので、そこはすんなりと賛成した。
場所もそんなに離れてなかったし、私達はそこへ行く事がもう当たり前だというように足を向けた。
だが、ついてから店のドアに「CLOSED」とサインが出ていて、私と拓登は顔を見合わせてがっかりした。
「そうよね、一人で切り盛りしてるし、平日開けてたら、日曜日は定休日でもおかしくないよね。なんで気がつかなかったんだろう」
私がそういうと、瑛太はドアのガラスの部分に手と顔を近づけて、中を覗いていた。
「でも、中に誰かいるし、やってるみたいだぜ」
そういうや否や、瑛太はドアをコツコツと叩いていた。
そして、暫くしてドアが軽やかなベルの音と共に開いた。
「あっ、真由じゃない」
「えっ、千佳? あれ、どうしてここに居るの?」
千佳は側にいた拓登と瑛太にとりあえず挨拶を軽くして、理由もいわずに私達を中に入れた。
「おっ、真由ちゃん、瑛ちゃん、拓ちゃんじゃないか、いらっしゃい」
カウンター内に居たヒロヤさんは相変わらずちゃん付けで名前を呼んで、私達を歓迎してくれた。
いつもよりもさらに派手な色とりどりの横じまのエプロンを身に付けて、まるでカウンターに虹が掛かってるように見えた。
私と拓登はどうしていいかわからず、ただお辞儀をして、おどおどしていた。
でも瑛太は違った。
堂々とカウンターに近づき、そこに座っていたドレスを着たロングヘアーの女の子に近づいた。
かの子やみのりではない、全く知らない女の子の後姿がそこにあった。
その女の子が振り向くと、どこかで見たような親しみのある顔なのに、はっきりと誰だか分からない。
でも私と拓登に手を振って笑顔を向けてくれた。
その後は親しげに瑛太と話し出した。
瑛太はどうやら知っている。
「ちょうどいいところに来てくれたね」
「でも、今日は定休日じゃないんですか」
ドアを指差して、看板が出ていることを私は示唆した。
「そうなんだけど、今日はデザートの試食会をしていてボランティアが欲しかったんだ。瑛ちゃんが真由ちゃんと拓ちゃんを連れて来てくれてよかった」
「えっ、それって瑛太は最初からここへ来る予定だったってこと?」
私が問いかけると瑛太はニヤッと笑っていた。
「細かいことはいいじゃないか。ヒロヤさんのデザートが食べられるんだぜ。ラッキーじゃないか」
ということは、定休日と知っていてもはなっから私達をここへ連れてくるのが目的だった。
ヒロヤさんは私達の参加を喜び、腕が鳴ると言いたげに腕まくりをして、カウンターの中で忙しく準備をしだした。
その様子をカウンター越しに瑛太は見ては、そこに座っていたロングヘアーの女の子と楽しそうに話し出す。
「ほらほら、立ってないで座りなよ」
千佳がテーブルについたので、私も向かい合ってそこに座る。
「拓登はこっちこい」
瑛太が拓登の腕を引っ張って無理やりカウンターのスツールに座らせた。
映画館の座席取りの仕返しかもしれない。
拓登も困惑しながら、仕方がないとふらついて瑛太の隣に座っていた。
その様子を千佳はじっと見ていた。
カウンターはロングヘアーの女の子、瑛太、拓登と横並びに座り、私と千佳だけ、三人の後ろのテーブルについていた。
「真由が来るとは思わなかった。日曜日は山之内君と予定があるって言ってたからさ、だから誘いたくても誘えなかった。かの子もみのりも予定入ってたしね」
「私もこんなことになるとは……」
カウンターで楽しそうに話している瑛太の後姿をきつい目で見た。
「その調子だと、まんまと池谷君に邪魔された感じがするね」
まさにそうだと、私は思いっきり頭を一度振った。
「だけど、あそこに座ってる女の子は誰? 千佳の友達?」
「友達っていうか、身内なんだけど……」
その時、千佳はその女の子の名前を呼んだ。
トイレは少し混み合っていて、自分の順番が来るまで時間が掛かったが、私が再び二人のところに戻ろうとトイレから出た直後、前を見れば、二人は向かい合って何かをいい合っている様子だった。
穏やかな拓登が瑛太にはっきりと何かを言っている感じに見えたのは、弱みを握られていたことがなくなったからだろう。
それでも、あまり自分の事をいいたがらない拓登には、人から自分の話をされるのが嫌だったのかもしれない。
だけど、真実が分かった今、これがしっかりと自分を見て欲しかった理由だったと思うと、拓登にしてみればどこかで人と違う自分に自信が持てないでいたのだろうか。
そこに拘り過ぎて、まずは先入観のない目で自分を見て欲しかったから、私と接する時は変に回りくどくなっておかしくなっていた。
また見せかけだけで寄って来る女の子達に対しては、自分のこともよく知らないのにという気持ちが強くなってしまったところもあったのだろう。
海外で過ごしているだけに、日本人ばなれした自分に拓登もどこかで悩んでいた。
その気持ちは私も理解できる。
ただでさえ、高校生活が始まって不安もある中、これからを左右する人間関係を築くのに失敗する恐れと言うものもあるし、海外で過ごしただけで何を噂されるかもわからない。
それだけ慎重になっていたということだった。
これで拓登の問題は理解できたけど、瑛太がそれに気づいて、それを利用していたことは許せない。
瑛太がそれを言い出したのは、私が騙されていたことにがっかりさせようと思ったのだろうか。
もちろんびっくりはしたけど、それが原因で拓登を嫌うことにはならない。
寧ろ、もっと深く拓登の気持ちが分かって却ってよかったくらいだった。
誰しもどこかで心配事があればスパッと真実なんて語れない。
でも、瑛太は一体何を考えているのか。
ただ私と拓登の邪魔をしようとしているだけではなさそうな気がする。
拓登に何か言われて瑛太がうな垂れているのをみると、何か瑛太にもトラウマ的な問題があるように思えてきた。
それがあるから、刺激される度に何かがひっかかって、意地をはってしまうのではないだろうか。
まだ私の知らない何かがある。
そう思いながら私は二人に近づいた。
「遅くなってごめん。混んでた」
「だから女は何かと面倒なんだよな」
拓登と話していたときのしおらしい態度と打って変わって、瑛太がつっかかる。
まるで八つ当たりされているようなものを感じた。
「だって、仕方ないじゃない。沢山いたんだもん。それより、二人で何を話してたの? 遠くからみたらなんか真剣そうだった」
「ああ、これからどこへ行こうかって。ちょっとお腹空いただろ。真由は何が食べたい?」
拓登の答えはあの状況からみたら合ってないように思えた。
どうみても、拓登が瑛太に怒っていたように思えたけど、でも私は別に何も言い返さずに「なんでもいい」と無難に答えていた。
「だったらさ、ヒロヤさんの店に行こうぜ」
瑛太がニヤッとして答えた。
すでに最初からそこへ行こうと思っているような顔だった。
ヒロヤさんのお店は居心地がいいし、私もそれはいい案だと思ったので、そこはすんなりと賛成した。
場所もそんなに離れてなかったし、私達はそこへ行く事がもう当たり前だというように足を向けた。
だが、ついてから店のドアに「CLOSED」とサインが出ていて、私と拓登は顔を見合わせてがっかりした。
「そうよね、一人で切り盛りしてるし、平日開けてたら、日曜日は定休日でもおかしくないよね。なんで気がつかなかったんだろう」
私がそういうと、瑛太はドアのガラスの部分に手と顔を近づけて、中を覗いていた。
「でも、中に誰かいるし、やってるみたいだぜ」
そういうや否や、瑛太はドアをコツコツと叩いていた。
そして、暫くしてドアが軽やかなベルの音と共に開いた。
「あっ、真由じゃない」
「えっ、千佳? あれ、どうしてここに居るの?」
千佳は側にいた拓登と瑛太にとりあえず挨拶を軽くして、理由もいわずに私達を中に入れた。
「おっ、真由ちゃん、瑛ちゃん、拓ちゃんじゃないか、いらっしゃい」
カウンター内に居たヒロヤさんは相変わらずちゃん付けで名前を呼んで、私達を歓迎してくれた。
いつもよりもさらに派手な色とりどりの横じまのエプロンを身に付けて、まるでカウンターに虹が掛かってるように見えた。
私と拓登はどうしていいかわからず、ただお辞儀をして、おどおどしていた。
でも瑛太は違った。
堂々とカウンターに近づき、そこに座っていたドレスを着たロングヘアーの女の子に近づいた。
かの子やみのりではない、全く知らない女の子の後姿がそこにあった。
その女の子が振り向くと、どこかで見たような親しみのある顔なのに、はっきりと誰だか分からない。
でも私と拓登に手を振って笑顔を向けてくれた。
その後は親しげに瑛太と話し出した。
瑛太はどうやら知っている。
「ちょうどいいところに来てくれたね」
「でも、今日は定休日じゃないんですか」
ドアを指差して、看板が出ていることを私は示唆した。
「そうなんだけど、今日はデザートの試食会をしていてボランティアが欲しかったんだ。瑛ちゃんが真由ちゃんと拓ちゃんを連れて来てくれてよかった」
「えっ、それって瑛太は最初からここへ来る予定だったってこと?」
私が問いかけると瑛太はニヤッと笑っていた。
「細かいことはいいじゃないか。ヒロヤさんのデザートが食べられるんだぜ。ラッキーじゃないか」
ということは、定休日と知っていてもはなっから私達をここへ連れてくるのが目的だった。
ヒロヤさんは私達の参加を喜び、腕が鳴ると言いたげに腕まくりをして、カウンターの中で忙しく準備をしだした。
その様子をカウンター越しに瑛太は見ては、そこに座っていたロングヘアーの女の子と楽しそうに話し出す。
「ほらほら、立ってないで座りなよ」
千佳がテーブルについたので、私も向かい合ってそこに座る。
「拓登はこっちこい」
瑛太が拓登の腕を引っ張って無理やりカウンターのスツールに座らせた。
映画館の座席取りの仕返しかもしれない。
拓登も困惑しながら、仕方がないとふらついて瑛太の隣に座っていた。
その様子を千佳はじっと見ていた。
カウンターはロングヘアーの女の子、瑛太、拓登と横並びに座り、私と千佳だけ、三人の後ろのテーブルについていた。
「真由が来るとは思わなかった。日曜日は山之内君と予定があるって言ってたからさ、だから誘いたくても誘えなかった。かの子もみのりも予定入ってたしね」
「私もこんなことになるとは……」
カウンターで楽しそうに話している瑛太の後姿をきつい目で見た。
「その調子だと、まんまと池谷君に邪魔された感じがするね」
まさにそうだと、私は思いっきり頭を一度振った。
「だけど、あそこに座ってる女の子は誰? 千佳の友達?」
「友達っていうか、身内なんだけど……」
その時、千佳はその女の子の名前を呼んだ。