それぞれチケットを手にして、沢山の人と一緒になりながら映画館のロビーへと足を踏み入れた。
 私はぴったりと拓登の側をマークすると、何かを感じたのか瑛太がニヤリと余裕の笑みを私に向けた。
 あたかも、その真ん中へ自分が入ってやろうとする挑戦に感じてしまう。
 私はそれだけは困ると、薄暗い映画館の中へ入ると無意識に拓登の腕を掴んでしまった。
 触った後で、なんと大胆な事をしでかしてしまったんだと思ったが、後には引けなかった。
 拓登は触れられて私を振り向いたが、驚いているようでもあり、照れているようでもあった。
 何も口出しせずにそのままでいてくれた。
 先に歩いていた瑛太は、適当な場所を探して、いい列を見つけると私達に確認をしてくる。
 どうぞと手を座席に差し出したので、私はまず自分がそこの列に入って、すぐさま拓登の腕を引っ張り奥へと向かった。
 最後に瑛太がその列に入ったので、一人しか通れないその座席の狭い通路ではこの順番は揺るぎがないものだった。
 適当に止まって、折畳まった座席を下ろして座ると拓登も真横で同じ動作をしたので、とりあえずは一息つけた。
 瑛太は拓登を挟んだ向こう側に大人しく座り、おかしそうに笑っている。
 もしかして、これもまたしてやられたのだろうか。
 ずうずうしくも拓登の腕を引っ張ったことで、また気の強い独占的な部分をさらけ出したと瑛太は思っているのかもしれない。
「真由、瑛太の事は気にしないで。こんな状態にしてしまった僕が一番悪いんだ。真由、ほんとごめんね。僕が間違っていたのかもしれない」
「拓登は全然悪くないよ。瑛太は私に仕返ししたいだけなんだと思う。瑛太にとったら遊びでしかないのかもしれない」
 拓登はばつの悪い表情になりながら、恐縮しているようだった。
 小声でいったつもりだったけど、瑛太は自分の事を言われていると察知して体を曲げて私の方を見た。
「こそこそするなよ。言いたい事があるなら直接俺に言えばいいだろ」
「いつもはっきりと言ってるけど、直接言っても何もかわらないでしょ」
 私も前屈みになって、拓登を挟んで瑛太とまたぶつかりあった。
 その時、拓登は私と瑛太の頭を遠ざけるように同時にそっと掌で押した。
「はいはい、もういい。映画に集中しよう。瑛太、頼むから、真由を放っておいてやってくれ」
「拓登が…… だから…… 、…… だろ……」
 極力落とした声で、開演前のざわめいた人の声の雑音にかき消されて瑛太が何を言ったのかよく聞こえなかった。
 二人は何かを言っていたが、私は首を突っ込むのをやめて放っておいた。
 そうしているうちに拓登の声がはっきりと聞こえた。
「瑛太、僕の負けだ。もう充分理解した」
 拓登のその一言は瑛太を黙らせた。
 でも、拓登が負けたってどういうことだろう。
 瑛太がしつこく近づいたことで降参したということなのだろうか。
 瑛太は勝ったと認められたのに、どこか気に入らなさそうに腕を組んで後にふんどりかえって、スクリーンを見つめていた。
 それからは大人しくなり、一言も喋ってこなかった。
 映画も上映が始まれば、喋る機会はないけども、それにしても瑛太の態度は拓登の一言で変わったとしか思えなかった。
 映画は地元アメリカでも話題になったヒット作品だったが、アクションも多くあまり私の好みではなかった。
 拓登が観たかったので、拓登が興味を持つ映画はどんなものかとそれに私が興味を持ってすんなりと決めただけだった。
 でも、ミステリーも含んだそのストーリーの先が気になって、そんなに悪くはない。
 しかし、激しく目まぐるしくシーンが変わる中で、悠長に字幕スーパーを読んでたらついていけないものがあった。
 字幕スーパー無しで観られたらどんなにいいだろうと思いながら見ていると、隣で拓登が何かに反応して受けて笑っていた。
 笑うツボがよく分からなかったが、字幕スーパーを読んだ時、なんか面白い事を言ってる感覚がつかめた。
 映画館の中でも笑いの渦がよどむ。
 またアクションの激しいシーンで、拓登は感情移入したのか、時々息詰まる声が聞こえてきた。
「オー! ノー」
 ショッキングな場面で言いたくなる気持ちは充分理解できるだけに、驚きの声が英語的になってるのがおかしかった。
 大人っぽい風格だと思っていたが、映画に夢中になって声を発するところはまだまだ無邪気な少年らしくて、思わずかわいいと思ってしまった。
 そんな意外な一面を知れたのは儲けものだったかもしれない。
 映画を観ているときだけは、瑛太はさすがに絡んでこない。
 上映中は気が休まるかと思っていたが、ほっとしているのも束の間、ロマンティックなキスシーンが出てきた時は、落ち着かないののなんの。
 一人で観ていたら、なんとも思わないのに、隣に拓登がいるだけですごく恥ずかしく感じてしまう。
 平常心を保とうと変に動けなくなって、余計にギクシャクしてしまった。
 激しいキスシーンに感化されて息づかいが荒くなってないだろうかと、息まで止めてしまうのはやりすぎだった。
 その後、苦しくなって酸素を取り入れるのに余計にハアハアしてしまった。
 私もそれだけ拓登を意識して、どこかでロマンティックな恋を夢見ている。
 これが二人だけだったらどんなによかったか。
 もっとこのシーンにドキドキしていただろうに、瑛太がその向こうに居ると思うだけで興ざめだった。
 よく考えたら、男の人と一緒にどこかへ出かけるのなんて初めてのことだった。
 瑛太のせいで、折角の初めてが台無し。
 今頃になって、沸々と怒りがこみ上げてきた。
 その映画のシーンも悪役を倒すクライマックスに来ていて、その悪役の嫌味ったらしい笑いが瑛太の笑みと重なってしまった。