2
拓登に一緒に帰ろうと言ったその日から、距離が少し縮まったように思えた。
運良くなのか、あれだけ出会っていた瑛太とも会わず普通に日々を過ごし、そして日曜日は拓登と駅で待ち合わせして、映画に出かけることとなったその当日のこと。
やはりどこかでまだ力んでいるのか、鏡を見ることや服選びに時間を掛けていた。
母はすぐに気がついたみたいだが、敢えて見てみぬフリをしている。
何気に探りを入れたいのか、素知らぬ顔でさらりとつぶやいた。
「あの傘を貸した子かしら。あの子はかっこよかったわね。名前なんだっけ、ヤマウチ君…… ヤマノウチ君」
傘を返しにきたとき、自分の名前を拓登は母に名乗ったのだろう。
名前はうろ覚えでも、それに素直に反応する私の態度で図星だと感じ、それで充分だと言いたげにフフフと不気味な笑いを添えて、忙しく家事に精をだしていた。
別に隠すことでもなかったし、少しでも母の挑発に乗りたくなかったので平常心を装う。
「そうよ、映画に行くだけだから」
拓登は好きだけど、まだ関係はあやふやで友達としかいえない。
それは間違ってないから、堂々と言い切ったが、母は何もかもお見通しと言いたげに「楽しんできてね」と余裕を見せ付けた。
私の事を信頼しきってるから、ボーイフレンドができてもとやかく口を出さない人だが、抜け目がない鋭いレーダーを持ってることは誇示したいようだった。
その辺も適当にあしらい、わざとらしく自分の腕時計を見て時間がないフリをした。
そして玄関で靴を履いていると、下駄箱に引っ掛けてあった傘が目に入った。
雨の心配は全くなかったが、雨が降ったからこういうことになっただけに、感慨深いものを感じていた。
雨が出会わせてくれたと思うことがロマンティックにも感じる。
この日は思いっきりの晴れだけど、雨の水滴の代わりに、キラキラとした恋の雫が降ってくるかもしれない。
そんな楽しい時間を拓登と一緒に過ごせると胸を高鳴らせて、玄関のドアを開けた。
その時、一瞬私は心臓が止まったかと思うほどびっくりしてしまった。
なんと瑛太が家の前にいたからだった。
私はすぐに玄関から出てドアを閉めた。
万が一、母に瑛太を見られないようにとの対処だった。
これは油断していたというのか、まさかの不意打ちに私は完全に慌ててしまう。
いつもは偶然に他の場所で出会うだけでなのに、家の前で待ち伏せされてるなんて考えてもみなかった。
しかも、拓登と一緒に出かけると約束した日に──。
「よっ!」
瑛太は余裕の笑みで、馴れ馴れしく挨拶をする。
私はなんとか冷静を保とうと、息を何度も吸って吐いた。
いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、門を開けて瑛太を無視して駅に向かった。
「おいおい、露骨に無視するなよ。そりゃ、突然現れたのは驚かせたかもしれないけどさ」
後から執拗に追いかけてくる瑛太は、はらってもはらっても寄ってくるハエのようだった。
無視しきれずに私は振り返った。
「瑛太、一体私の家の前で何してたのよ」
「何って、真由に会いに来たんだけど」
「連絡もなく、いきなり来るなんてびっくりするじゃないの」
「なんで? 別にいいじゃん。それに連絡したところで真由は俺と素直に会うのかよ」
会うわけがないといいきれるが、本人もそれが分かっているようだった。
しかしこの不意打ちは、こんな日に限って特にこんなことされたら、テロ攻撃みたいなもので納得いかない。
しかもなぜ都合よく私が出かける時に家の前に立ってたのかも不可解だった。
「とにかく、今日は忙しいの。とりあえず会えたんだから、これでいいでしょ。もう帰って」
「真由は相変わらずきついな。拓登の前ではかわいこぶちゃってさ」
「拓登の前でも私はこのままよ。ただ、瑛太が迷惑なことするから怒ってるだけでしょ」
「まあ、その怒り方からすると、これから拓登と一緒に出かけるんだろ」
分かってるなら遠慮しろといいたかったが、邪魔をする宣言をされた後では「ぐぐぐ」と苛立つ唸り声になった。
そのまま無視をして私は歩いた。
「じゃあ、俺の考えていることも分かってるな」
瑛太はやはり容赦しなかった。
これから一緒について来ることくらい私にも予測できる。
敢えて気づいてないフリをしてみた。
「一体何をよ」
瑛太は愉快そうに息が漏れるように「くくく」と笑っていた。
「真由、今日はいい天気じゃないか。どこへ行こうか、三人で」
なんだか、石が頭上に落ちてきた気分だった。
呆れて言い返そうにも口をパクパクとしてるだけになってしまった。
あまりにも酷過ぎる。
さっきまでのワクワクとした気持ちが吹っ飛んで、崖からストーンと落ちるような悲壮さに包まれた。
まじで、瑛太に突き落とされた気分。
それでも言い返すことも、追い払うこともできずに、結局は二人で駅に着いてしまった。
そこではすでに拓登が待っていて、私達を見るなりびっくりした様子で固まっていた。
「拓登……」
震えた私の声は拓登の耳に届いても、拓登は言葉を失って唖然としたままだった。
「よぉ、拓登。元気か」
瑛太は私と拓登にヘラヘラとした笑みを見せて、悪びれることもなく、自分が一緒に居て当たり前のようにしていた。
拓登の方がどうしていいか分からずに答えを求めるように私を見つめた。
「玄関開けたら、瑛太がいたの。そしたらついてきて」
そのまま言うしかなかった。
「瑛太、一体どういうつもりだ」
「どういうつもりって、たまたま真由に会いに行っただけさ。別にいいじゃないか。どうせ知らない仲でもないだろ。一人くらい増えたって」
拓登は信じられないと言いたげに呆れて瑛太を見ている。
私もどうしていいのかわからず、拓登に全てを任そうと様子を見ていた。
だが、拓登はそれ以上何も言わず思案している。
「俺がいれば何かの役に立つかもしれないしさ、三人で一緒に過ごしてみようぜ」
一体何の役に立つというのか。
瑛太は恣意的に言葉を操って、結局は溶け込んで行く。
拓登も強くいいきれずに最後は「勝手にしろ」と投げやりになってしまった。
私にとったら、一応デートでドキドキとワクワクの楽しいひと時を拓登と過ごしたかったのに、とんだ邪魔者のお陰でここは戦いの場になりそうだった。
瑛太は確実に邪魔をするのがわかってるのに、はっきりと拒絶できない生やさしさが酷く恨めしい。
ここで帰れと言った所で、瑛太は言うことなど聞かずにどこまでも後をついてくると想像できてしまうから、拓登も事を荒立てたくなかったかもしれないが、完全に瑛太に負けてしまった気分だった。
こういうのも三角関係というのだろうか。
それにしても瑛太の意地悪さに辟易する。
こんな事をすれば、私は益々瑛太が嫌いになるというのに、これでは無駄な捨て身の攻撃にしか思えない。
こうなったら私も戦うしかない。
邪魔をされれば逆効果で燃えるということを分からせるのも一つの手だと思うようにした。
「拓登、仕方がない。早くいかないと上映時間に間に合わなくなってしまう」
私は急かした。
ここは映画の時間の方が大切だった。
瑛太はニコニコとして私達の後ろをついてきた。
拓登に一緒に帰ろうと言ったその日から、距離が少し縮まったように思えた。
運良くなのか、あれだけ出会っていた瑛太とも会わず普通に日々を過ごし、そして日曜日は拓登と駅で待ち合わせして、映画に出かけることとなったその当日のこと。
やはりどこかでまだ力んでいるのか、鏡を見ることや服選びに時間を掛けていた。
母はすぐに気がついたみたいだが、敢えて見てみぬフリをしている。
何気に探りを入れたいのか、素知らぬ顔でさらりとつぶやいた。
「あの傘を貸した子かしら。あの子はかっこよかったわね。名前なんだっけ、ヤマウチ君…… ヤマノウチ君」
傘を返しにきたとき、自分の名前を拓登は母に名乗ったのだろう。
名前はうろ覚えでも、それに素直に反応する私の態度で図星だと感じ、それで充分だと言いたげにフフフと不気味な笑いを添えて、忙しく家事に精をだしていた。
別に隠すことでもなかったし、少しでも母の挑発に乗りたくなかったので平常心を装う。
「そうよ、映画に行くだけだから」
拓登は好きだけど、まだ関係はあやふやで友達としかいえない。
それは間違ってないから、堂々と言い切ったが、母は何もかもお見通しと言いたげに「楽しんできてね」と余裕を見せ付けた。
私の事を信頼しきってるから、ボーイフレンドができてもとやかく口を出さない人だが、抜け目がない鋭いレーダーを持ってることは誇示したいようだった。
その辺も適当にあしらい、わざとらしく自分の腕時計を見て時間がないフリをした。
そして玄関で靴を履いていると、下駄箱に引っ掛けてあった傘が目に入った。
雨の心配は全くなかったが、雨が降ったからこういうことになっただけに、感慨深いものを感じていた。
雨が出会わせてくれたと思うことがロマンティックにも感じる。
この日は思いっきりの晴れだけど、雨の水滴の代わりに、キラキラとした恋の雫が降ってくるかもしれない。
そんな楽しい時間を拓登と一緒に過ごせると胸を高鳴らせて、玄関のドアを開けた。
その時、一瞬私は心臓が止まったかと思うほどびっくりしてしまった。
なんと瑛太が家の前にいたからだった。
私はすぐに玄関から出てドアを閉めた。
万が一、母に瑛太を見られないようにとの対処だった。
これは油断していたというのか、まさかの不意打ちに私は完全に慌ててしまう。
いつもは偶然に他の場所で出会うだけでなのに、家の前で待ち伏せされてるなんて考えてもみなかった。
しかも、拓登と一緒に出かけると約束した日に──。
「よっ!」
瑛太は余裕の笑みで、馴れ馴れしく挨拶をする。
私はなんとか冷静を保とうと、息を何度も吸って吐いた。
いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、門を開けて瑛太を無視して駅に向かった。
「おいおい、露骨に無視するなよ。そりゃ、突然現れたのは驚かせたかもしれないけどさ」
後から執拗に追いかけてくる瑛太は、はらってもはらっても寄ってくるハエのようだった。
無視しきれずに私は振り返った。
「瑛太、一体私の家の前で何してたのよ」
「何って、真由に会いに来たんだけど」
「連絡もなく、いきなり来るなんてびっくりするじゃないの」
「なんで? 別にいいじゃん。それに連絡したところで真由は俺と素直に会うのかよ」
会うわけがないといいきれるが、本人もそれが分かっているようだった。
しかしこの不意打ちは、こんな日に限って特にこんなことされたら、テロ攻撃みたいなもので納得いかない。
しかもなぜ都合よく私が出かける時に家の前に立ってたのかも不可解だった。
「とにかく、今日は忙しいの。とりあえず会えたんだから、これでいいでしょ。もう帰って」
「真由は相変わらずきついな。拓登の前ではかわいこぶちゃってさ」
「拓登の前でも私はこのままよ。ただ、瑛太が迷惑なことするから怒ってるだけでしょ」
「まあ、その怒り方からすると、これから拓登と一緒に出かけるんだろ」
分かってるなら遠慮しろといいたかったが、邪魔をする宣言をされた後では「ぐぐぐ」と苛立つ唸り声になった。
そのまま無視をして私は歩いた。
「じゃあ、俺の考えていることも分かってるな」
瑛太はやはり容赦しなかった。
これから一緒について来ることくらい私にも予測できる。
敢えて気づいてないフリをしてみた。
「一体何をよ」
瑛太は愉快そうに息が漏れるように「くくく」と笑っていた。
「真由、今日はいい天気じゃないか。どこへ行こうか、三人で」
なんだか、石が頭上に落ちてきた気分だった。
呆れて言い返そうにも口をパクパクとしてるだけになってしまった。
あまりにも酷過ぎる。
さっきまでのワクワクとした気持ちが吹っ飛んで、崖からストーンと落ちるような悲壮さに包まれた。
まじで、瑛太に突き落とされた気分。
それでも言い返すことも、追い払うこともできずに、結局は二人で駅に着いてしまった。
そこではすでに拓登が待っていて、私達を見るなりびっくりした様子で固まっていた。
「拓登……」
震えた私の声は拓登の耳に届いても、拓登は言葉を失って唖然としたままだった。
「よぉ、拓登。元気か」
瑛太は私と拓登にヘラヘラとした笑みを見せて、悪びれることもなく、自分が一緒に居て当たり前のようにしていた。
拓登の方がどうしていいか分からずに答えを求めるように私を見つめた。
「玄関開けたら、瑛太がいたの。そしたらついてきて」
そのまま言うしかなかった。
「瑛太、一体どういうつもりだ」
「どういうつもりって、たまたま真由に会いに行っただけさ。別にいいじゃないか。どうせ知らない仲でもないだろ。一人くらい増えたって」
拓登は信じられないと言いたげに呆れて瑛太を見ている。
私もどうしていいのかわからず、拓登に全てを任そうと様子を見ていた。
だが、拓登はそれ以上何も言わず思案している。
「俺がいれば何かの役に立つかもしれないしさ、三人で一緒に過ごしてみようぜ」
一体何の役に立つというのか。
瑛太は恣意的に言葉を操って、結局は溶け込んで行く。
拓登も強くいいきれずに最後は「勝手にしろ」と投げやりになってしまった。
私にとったら、一応デートでドキドキとワクワクの楽しいひと時を拓登と過ごしたかったのに、とんだ邪魔者のお陰でここは戦いの場になりそうだった。
瑛太は確実に邪魔をするのがわかってるのに、はっきりと拒絶できない生やさしさが酷く恨めしい。
ここで帰れと言った所で、瑛太は言うことなど聞かずにどこまでも後をついてくると想像できてしまうから、拓登も事を荒立てたくなかったかもしれないが、完全に瑛太に負けてしまった気分だった。
こういうのも三角関係というのだろうか。
それにしても瑛太の意地悪さに辟易する。
こんな事をすれば、私は益々瑛太が嫌いになるというのに、これでは無駄な捨て身の攻撃にしか思えない。
こうなったら私も戦うしかない。
邪魔をされれば逆効果で燃えるということを分からせるのも一つの手だと思うようにした。
「拓登、仕方がない。早くいかないと上映時間に間に合わなくなってしまう」
私は急かした。
ここは映画の時間の方が大切だった。
瑛太はニコニコとして私達の後ろをついてきた。