一度吹っ切れてから、拓登の前ではおどおどせずに、本来の自分をさらけ出せるようになったと思う、気分だけは。
 開き直るというのか、自分の中で奮起した、こうでありたいと思う気持ちは、私にとったらやっぱり曲げられない矜持なんだと思う。
 拓登はやはりかっこいいけど、そこばかり重点的に見ても意味がないし、私はそんなことに惑わされて自分を見失いたくない。
 それよりも、話や趣味が合う方が大事に思え、そう考えれば私としては興味のある事を一緒に話せる方がもっと魅力的に見えてくる。
 拓登は私からの情報を楽しんで聞くという聞き上手でもあり、拓登からの質問も思わぬところで、ハッとさせられることがあったりと、それなりにお互い話は合う…… と思っておこう。
 拓登は色々な事を真面目に分析するように見る癖があり、特に新しいものに出会うととても興味を持つ。
 それが自動販売機の缶ジュースであったり、その辺にいる犬や猫であったり、時には空を飛ぶ鳥など、目に付くものはなんでも気づいてじっと見ていた。
 流行に疎いと自分でも言っていたが、確かに流行ってる商品や曲などは知らなさそうで、目に付いたり耳に音が入ってきたりすると感心して興味を示していた。
 そういう感じ方が、私にはまた新鮮味があり、知らないから素直に質問されると面白く感じたりする。
 拓登は今までどんな風に過ごしてきたのだろうと、過去の拓登に興味がそそがれた。
 自分の事を見て欲しいと主張しつつ、まだ自分の事をあまり言わないように思うのは気のせいだろうか。
 まだそれだけの時間を一緒に過ごしてないのもあるだろうけど、これから徐々にお互いを知って行くのかもしれない。
 正直になれば、きっかけはなんであれ、私はもうすでに拓登が好きだと言えるところにいる。
 この感覚は、初恋も含め、今まで気に入った男の子に好意を寄せてきたものと似ていた。
 過去にその気持ちが続かなかったのは離れたり、自分から行動したりせずに、自然消滅するからだった。
 だから拓登と長くこうやって一緒にいたら、きっと私はもっと拓登の事が好きになって行く。
 それが本当の恋として、私は拓登が好きって告白したくなるんだと思う。
 今でも充分、ドキドキして気持ちが高まっているけど、まだ恋に不慣れな私はこういう状態でも満足だった。
 拓登が自分の事を見て欲しいと言ってる限り、私達は次に進むという事を信じて、恋に向かって行くレールをお互い進んでいるのかもしれない。
 そんな風に感じていても、やはり時々拓登の陰りを帯びた表情をみると、不安も時折出てくる。
 まだ拓登は私がミーハー的な要素を持った信用置けない部分をもってると思っているのだろうか。
 だからそれを払拭するためにも、私は拓登が好きに見ればいいと自分の嫌な部分も隠さないことにした。
 もしその嫌な部分が全面的に目についたら、もう仕方がないけど、正直になればそこも含めて認めてくれるかもしれない。
 そんな風に思うのは幻想に過ぎないのだろうか。
 あれこれ考えても仕方がないし、なるようになるしかないのなら、私は私のままでいるしかない。
 結局はそうすることしかできないのだから。
 ありのままの自分。
 そう自覚することで心の中も穏やかになり、肩の力を抜いて拓登に思うままに話しかける。
 だから話題にしたくないことも敢えて言ってみる。
「なんか、また瑛太が現れたりして」
 そろそろ自分たちの駅に着く頃、電車に一緒に揺られながら、冗談とも本気ともとれるように言った。
「そうだね。いつもタイミングよく現れるからね」
 拓登も面白半分、恐れ半分と辺りを見回して答えていた。
「別に現れてもいい。だけど、瑛太って、本当は私達と同じ高校を目指してたんだって。受かってたら一緒に通学してたかもね」
 拓登は小さく「そうだったのか」と呟いた。
 それは残念そうな、お悔やみを聞いたような悲しげな態度だった。
 正直どうリアクションしていいのかわからなかったのだろう。
 私もあまり人に言ってはいけないことだったのかもと、つい軽はずみな事を言ってしまって後悔した。
 お互い、少し黙り込んでしまったが、拓登が機転を利かした。
「僕は多分ギリギリで受かったかもしれない。だからこそ一生懸命勉強しなくっちゃ」
「私もうかうかしてられないと思う。やっぱり授業について行くのは大変。周りの人たちが勉強家だと、やっぱりなんか苦しいものがあるかも」
「それは言える。僕のクラスもできる奴はほんとすごいんだ。そいつらを見ると焦るよね」
 拓登は気を遣って笑ってくれたことで、少しほっとした。
 実際、瑛太を貶めようととかそういうつもりでいったことではなかったが、入学できたところでついていけなかったら受かった事に胡坐をかいていても仕方がない。
 どこかで明日は我が身という危機感を持っていることをお互い言い合ったことで、瑛太が志望校にいけなかった事を話した罪悪感は忘れられるような気がした。
 改札口を出ると、拓登は名残惜しそうにしながら「また学校で」と手を振る。
 充分二人だけの時間を過ごしたと言うのに、拓登とはもう少し一緒に居たいという気持ちが出てくる。
 こういう気持ちを抱いた時、とうとう自分も恋の領域に踏み込んでしまった自覚があった。
 拓登といると安心感があるし、聞き上手の拓登だから話していても楽しかった。
 未練を持ちながらも、手を振って潔く別れて私は歩き出した。
 暫くすると鞄に入れていたスマホが音を立てているのが聞こえた。
 それを取り出してみれば、拓登からのメッセージが入っていた。
『真由、一緒に帰ろうと誘ってくれてありがとう。とても嬉しかった』
 きっと自転車を取りに行っている時に送ってくれたのだろう。
 私もすぐにメッセージを返す。
「私も拓登と一緒にいると楽しい」
 私の素直な気持ちだった。
 ニヤッとしながら、操作ボタンに触れた。
 そんな些細なやり取りでも胸の奥がきゅっと熱くなっていた。
 拓登といい関係が築けそうと、この時まではふわふわした気持ちに酔ってこの先何が待っているのかなんて微塵も感じられなかった。