10
 この日も、同じように一日が終わっていった。
 拓登とまた一緒に帰る約束をしているし、今回は自分から誘ったこともあって、以前ほどおどおどすることなく落ち着いている。
 一緒に帰ろうと誘われて、初めて肩を並べて歩いたあの雨の日。
 それとは打って変わっての、初夏が近づく頃の爽やかな青空が広がり、そこに真っ白い雲が浮かんでいた。
 拓登はその青い空を遠い目で見ている。
「さっきから空を見ているけど、何か考え事?」
「別に大したことはないけど、晴れの日の方が楽だなって思って」
「楽?」
「この先、梅雨が待ってるだろ。じめじめとして鬱陶しくなるのかなって、そんなこと考えてた」
「拓登は雨のことになると気になるみたいだね」
「そんな風に見えてしまうのかな。決して雨が嫌いとかじゃないんだけどね。雨が降ったから真由が傘貸してくれて、出会いのきっかけにもなったしね」
 拓登は私に微笑を向けた。
 その笑顔はやはりドキドキとさせてくれるものがあった。
 でも私も真っ向からそれに向き合う。
「そうだよね。雨のお陰だよね、拓登が私に話しかけてくれたのも」
 私もその出会いに感謝している。
 その気持ちは素直に伝えてみたかった。
 お互いとても落ち着いていたように思う。
「真由はやっと僕に慣れてくれたみたいだ。最初はすごく戸惑って、敬語なんて使ってたし」
「だって、いきなりだったし、私もどう接したらいいのかわからなかった。それに色々と注文されたし、驚くことばっかりだった」
「それで、今は僕のことどう思う?」
「うーん、はっきりいって、まだよく分からない部分の方が多いと思う。拓登だって私の事、よく分かってないでしょ。それと同じ」
 拓登は少し間を置いて考えていた。
「僕はどうすれば、もっと真由に僕のことわかってもらえるようになるかな」
「そんなのこれから一緒に居ればきっとお互いの事がよく見えてくると思う。だから拓登も私の事どう思うか遠慮なく見て欲しい。結構私って気の強いところあるから、幻滅するかもね」
「そんなことない。真由は気が強いんじゃなくて、意見をしっかりと持ってはっきりと言えるってことだと思う」
 意外と私の事をそう思ってくれていたことに驚いてしまった。
「拓登にそんな風に言われるなんて思わなかった」
「僕は真由が思っている以上に真由のこと見てるよ。真由がそれに気がついてないだけ」
「いつの間に」
「僕がなぜ真由に声を掛けたと思う?」
「なぜって言われても、傘を貸したから……?」
「だから、僕はずっと君を見ていたからなんだって。真由はやっぱり気がつかなかったんだね」
「えっ、そんなこと言われても、分かるわけがないよ」
「いや、分かってもらわないと困る!」
「だから、今、しっかりと見てるし」
 またここで、急に態度が変わって強く主張し出す拓登に私はやはり驚いてしまった。
 私も真剣に考えているから、こうやって自分から誘って一緒に帰っているというのに、拓登はそれでもどこか物足りないとでもいいたげに、ここでふーっと息を吐いた。
「あのさ、瑛太のことだけど、瑛太とはどうなってるの?」
「えっ、瑛太? 別にどうもなってないって。なんで瑛太の話が出てくるの?」
 拓登がこんな風に不満げになるのは、瑛太がかかわっているからかもしれない。
 瑛太は目の前にいないのに、その名前が拓登の口からでるだけで、充分邪魔をしてくれる。
 瑛太の邪魔をすると言った宣言は、すでに本人不在でも始まっていた。
「瑛太は一体何を考えているのか全く分からなくて、少し不安なんだ」
「拓登は以前瑛太と二人で話したことあるんだよね。その時何を話したの?」
「普通に無難なことを話しただけだけど、個人的に話せば瑛太は普通なんだ。僕の前では結構いい奴なんだ」
「それ、猫被ってるだけだと思う。私の前では嫌な奴だけど」
「そうなんだ。真由がいると、挑発してくるんだよ。だから、真由が瑛太に惑わされてたらどうしようとか心配になって」
「そんなこと絶対ないから。私、瑛太のことなんとも思ってない。私も瑛太が一体何を考えているのかがわからないんだけど、きっと何か私の知らない原因があるんだと思う」
「そういえば、瑛太は何か隠してるって、朝言ってたね。それを探るんだっけ」
「そう。今、中学の時の友達にも訊いてるの。それが分かれば、瑛太はもう私にちょっかい出してこないような気がするの」
 拓登はこのとき黙り込んで前をじっと見ていた。
 何かを逡巡するように、葛藤しているようにも見える。
「真由、あのさ……」
「どうしたの?」
「あのさ、その…… えっと、今度の日曜日、暇?」
「えっ? うん、あいてるけど」
「だったら、映画行かない?」
「どうしたの、急に?」
「真由と一緒にどっか行きたいなって思って、ダメかな?」
「もちろん、OKだよ」
「よかった」
 拓登はほっと一息つくも、顔を上げて不安げに空を仰いでいた。
 映画に行こうと誘われたが、なんだかそれをいいたかったわけではなさそうだった。
 他に何か言いたい事があったのに、言えずに誤魔化したような気がした。
 拓登も時々よくわからなくなる。
 私は拓登のその横顔を見たあと、一緒に空を仰いでみた。
 その青空は、いつか崩れ梅雨が来るように、拓登と仲良くなれてもまだどこかで不安な要素をはらんでいるような気がするのは考えすぎだろうか。
 拓登とまた顔を合わせれば、お互いにこっと微笑む。
 ずっとこのまま楽しく過ごせたら。
 すっきりとした青い空をイメージした気持ちで私は拓登を見ていた。