「雨の日って傘を持たないといけないから、荷物が増えたみたいで不便だよね。僕は傘持つのあまり好きじゃないんだ」
「でも、持たないと濡れちゃいますよ」
「傘を持つくらいなら濡れた方がいいって思うところがあるかも」
「山之内君って変わってるんですね」
「変わってるっていったら、倉持さんの方が変わってるよ。同じ年なのに敬語で僕に話しかけるなんて。もっと砕けて欲しいな。僕、敬語苦手なんだ。もしかして、倉持さんって国語得意?」
「あの、その、国語は好き…… ですけど、えっとその、母国語だからまだ勉強しやすい感じ……」
 なんだか話しづらくなってしまい、『です』をつけるかつけないかで葛藤しては、変な喋り方になってしまった。
 でも最後は『です』をつけるのをやめた。
 これでいいのだろうか。
 山之内君の顔がまともにみられない。
 山之内君の反応が返ってくる間、傘から垂れる雨の滴が静かに滴っていくのを見ていた。
 ドキドキとぽたぽたが同じリズムのような気がしてくる。
「それじゃ好きな科目は何?」
「英語…… かな」
「英語か。僕も好きな方かな。いつか一緒に勉強しようか」
「えっ、あっ、はい」
 健全で高校生らしい会話ではあるが、一緒に勉強するなんて果たしてできるのだろうか。
 一緒に肩を並べて帰るだけでも息するのも必死というくらいなのに。
 また暫く会話がなくなって歩いていた。
 車通りの激しい道にさしかかり、そこに出ると前方に駅が見えてくる。
 同じ制服を着た沢山の生徒が色とりどりの傘を差しながら、駅をめがけて歩いていた。
 私達もその中の二人だが、友達同士で楽しく帰っている人たちとは何かが違っているように思えた。
 どこかよそよそしいというのか、意識しすぎて肩の力が抜けずにこわばっている。
 でもそれは私だけだった。
 山之内君は余裕タップリにリラックスしていた。
「倉持さんって、出会ったときとなんかが違うね。傘貸してくれたときはすごく積極的だった風に思えたけど」
「あの時は、その、雨が降ってたから……」
 自分でも間抜けな答えだと思っていたが、上手く言えないであたふたしてしまう。
 山之内君はそれを楽しむような笑いを私に向けた。
「今も、降ってるけど」
「そうじゃなくて、その濡れたらいけないなんて思ったから、傘を渡すのに必死だったってことなんだけど」
「そっか、じゃあ、こうしよう」
 山之内君はいきなり自分の傘を閉じた。
 まだ雨は降り続いているのに、まるでシャワーを浴びるかのように顔を上げて雨に濡れる事を楽しんでいる。
「山之内君、濡れちゃうよ」
 思わず私はびっくりして、彼の頭に傘を覆った。
「はい、相合傘となりました」
 突然奇妙な事をして、愉快に笑ってる山之内君が、何を考えているのか全く掴めない。
 私が唖然としたままでいるのに対し、山之内君は愉快に笑っている。
 そして私が持っていた傘を分捕って、山之内君が変わりに私の傘を差してくれた。
「あっ」
 驚いて、口がポカーンと開いたままになってしまう。
 雨の中、傘についた沢山の滴も戸惑うように傘から滴り落ちて行った。
「こういうのもいいね。雨も悪くないかも」
 無理やり一つの傘を二人で使う。
 山之内君との距離がぐっと近くなってしまった。
 駅はすぐそこに迫ってたから、相合傘もすぐ終わったけど、一体山之内君は何を考えているのだろうか。
 私は驚きすぎて、暫く黙ったままになってしまった。
 それでも山之内君はペースを乱さずに、何事もないように普通に歩いている。
 時々視界に入ってくる、傘を持つ山之内君の手。
 握った時に浮き出てくる骨がゴツゴツしていたのが男っぽく感じてしまう。
 山之内君のペースに乗せられ、目にする光景全てに意識しすぎて、私の中の感情も高まって行く。
 雨もそれに合わせて激しく降っては、心乱れるように傘から滴がどんどん落ちていった。
 駅の中に入ると、私の傘をしぼめ、そして返してくれた。
「こうでもしないと、倉持さんと近づけないような気がしたんだ。そんなに僕のこと敬遠しないで欲しいな」
 私は傘についた雫を控えめに落としながら、傘を纏めていく。
「敬遠してないけど、初めて話すからその、どうしていいのかわからなくて」
「初めて? えっ、そんなことないだろ。全く知らない仲じゃないじゃないか」
 傘を貸したときに言葉を交わしたけど、あれくらいではやっぱり知らない仲だと私は思っていた。
「倉持さん、僕の顔をしっかり見て」
 山之内君は腰を曲げて私の顔のまじかによってきた。
「ちょ、ちょっと近づきすぎ」
 思わず仰け反ってしまったが、山之内君はちょっと困った顔をしていた。
「なんか自信なくすな。僕の顔をほら良く見てよ。倉持さんこういう顔どう思う?」
「どう思うって」
 そんなのかっこいいに決まってるじゃない。
 だけどストレートに言ってよいものか、つい言葉につまってしまった。
「まあ、いいや。どう思われても。とにかく、僕は倉持さんとこうやって話したかったし、近づきたかった」
 これは一体どういう意味なのだろうか。
 傘を貸したばかりに、なんでこんな展開になるのか。
 山之内君は相変わらず無邪気に笑っている。
 その笑顔が私のツボにはまってしまった。