4
明彦とは駅で別れたが、その後は同じ町に住んでるため私達三人の帰り道は同じだった。
帰宅ラッシュまでとはいかないが、そこそこ電車は混んでいる。
三人で何かを一緒に話す雰囲気でもなく、この複雑な三角関係はこの時普通の仲間のように穏やかだった。
つり革を手に取り拓登を挟んで両端に私と瑛太がいる位置だったが、これは拓登が瑛太と私を近づけさせないようにしたためだろうか。
瑛太はすました顔で視線を定めずにぼやっと前を見ている。
時々私と拓登が話すとしっかりと聞き耳立ててるのがわかる。
なんだかスパイされているようで、私もできるだけ小さな声で拓登の耳の側で話をしていた。
「拓登は昔のことって、どれくらいの時から覚えている? 小学一年のこととかやっぱりはっきりと覚えてるもの?」
「うん、そうだね。割りとインパクトが強かったことは覚えてるけど、人それぞれじゃないかな」
「だよね。だけど、写真とか見たら、なんとなく思い出せるかもしれないけど、余程のことがない限り、私は忘れてる。いらないことは捨ててしまうのかも」
「捨ててしまう? 記憶をかい?」
「自然と自分で必要じゃないことは抜けて忘れていって、覚えてなければいけないことはいつまでも留めておくんだと思う」
「でもさ、誰かにとったら真由に覚えていて欲しい事もあるだろうね。例えば、その小学生の時の頬のキスのこととか……」
この時、瑛太が言った『覚えてない方が悪い』という言葉が蘇った。
「拓登も私が覚えてない事が悪いと思う?」
「悪いとかそういう意味じゃなくて」
「だけど、私もちょっとは思い出しそうだったんだけど、本人に聞いたら教えてくれないんだもん。覚えていて欲しいなら、あの時教えてくれたら、私だって思い出せたかもしれないのに」
私は瑛太の方をみた。
瑛太は聞き耳を立てていたのに、わざと聞いていないフリをしているのか、ぼーっと前を見ているだけだった。
「真由は、もしその時のことはっきりと思い出したらどう感じるだろうね」
拓登が抑揚のない声でぼそっとつぶやいた。
どこかで私と瑛太が繋がるのを恐れているのだろうか。
流れる景色を見ていた瞳は小刻みにゆれているが、それが不安そうにも見える。
私がこの話を持ち出すと、拓登はどうも落ち着かないみたいだった。
いくら瑛太が過去に私の頬にキスしてようが、この間も同じ事されようが、私は瑛太には全然興味がないのに。
私はそれをどう拓登に伝えたらいいのだろうか。
傘を貸してから、同じ学校だと知って、そして周りの女の子達がすでに騒ぎ立てて意識してみているうちに、私は知らずと拓登のことに興味を持っていた。
それを否定して、自分を騙していただけだが、拓登から声を掛けられて一緒に帰るうちに私の心はマックスにドキドキししまい、もう参っている。
ちょっとプライドもあるから自分の気持ちに素直になれなかったけど、そんな態度だったからものすごく中途半端に拓登と距離ができてしまった。
拓登からすでに心を開かれているのに、この先へ進むにはどうすればいいのだろう。
そうこう考えているうちに自分達の駅について降り立った。
改札口を出れば、私達三人はそこで立ち止まってお互いの顔を見た。
「それじゃ明日、学校で」
私が一番に切り出して拓登に声を掛ける。
瑛太はかっこつけて「バーイ」と言っては、手のひらを拓登に向けた。
拓登も「また明日」と手を軽く上げて合図してから自転車置き場へと向かった。
後姿を見送っていると、瑛太があっさりと「それじゃ、またな、真由」と言って、去ろうとした。
てっきり私と一緒に途中まで帰るつもりだと思っていたので、なんだか予想外だった。
「ちょっと待って、瑛太。どうして今日は素直に帰るの?」
「えっ、なんだよ。いつもなら俺を邪魔者扱いするくせに」
「どうしたの、急に消極的になって。こうなったら最後まで付き合ってよ」
私が喫茶店でふいに気がついたこともあるし、瑛太とは二人で少し話がしたかった。
私が挑戦的な目を向けてたのかもしれない、瑛太は面倒臭そうに「チェッ」と軽く舌打ちして、仕方がなく私と肩を並べて歩く。
なんだか機嫌が悪そうだった。
早く帰りたい理由でもあったのだろうか。
私に付き合おうと言ってきたあの態度からは程遠い。
起伏の激しい態度に私はまた首を傾げてしまうが、結局はそんなことをいちいち気にしてられないと毅然として話し出した。
「ねぇ、瑛太。お願いだから小学生の時なぜ私の頬にキスをしたのか教えて?」
「またそれか。もういいじゃないか」
「どうして、急に隠すの? 私は思い出したいの。それにある程度のこと思い出したかもしれないの。それを確かめたい」
「思い出した? あの時のこと?」
瑛太は急に動揺し始めた。
やはり何かそこに大切なヒントがあると私は直感で感じた。
「あの時、瑛太は数人の男の子達と何か揉めてたよね」
「まあな」
「その時は私の頬にキスしろって誰かが囃し立てていたんでしょ」
「ああ」
「それで、引けに引けなくなって、瑛太は私に走り寄ってきた。あの時は雨が降っていたから、傘ですっぽりと瑛太の顔が隠れて、私からは見えなかった」
「勢いついて、傘を突き出していたかもしれない」
「確か、青い傘だっけ。そしてその傘を放り投げてその勢いで私の頬にキスをしたよね。ここまでは私は覚えているんだ。これでその部分は合ってるでしょ」
「ああ、合ってるよ」
私はそこで立ち止まった。
やはり自分が気がついたことは正しかった。
瑛太は本当は詳細を私以上に覚えてない。
だから、あの時私が聞いても頑なに論点をずらして教えてくれなかった。
教えられなかったのは覚えてないのではなく、キスをした本人ではなかったからだった。
だって、あの時の傘は青色じゃない。
黄色だったんだから。
喫茶店でレモンをつついたとき、黄色が目にはいって傘を連想し、そしてふと気がついた。
瑛太が本当に私にキスをしたのか、まずはそれを確かめるべきだって。
聞いても教えてくれなかったことがどうしても引っかかってしまって、私にアプローチを掛けてきたのなら絶対それは私に思い出して欲しいはず。
それを避けるなんておかしすぎた。
でも瑛太が私のキス事件の事を知っているのは、あの時の取り巻きの中の一人だったに違いない。
私にキスをした男の子は他にいる。
それを利用して、自分はなりすまし、いかにも昔から特別な関係で運命だって言うようにもってきた。
瑛太にとっては、唯一私の過去の事を知る話だったけに、利用するにはもってこいだった。
「どうした? なんで立ち止まってんだよ」
「瑛太、どうして私に嫌がらせするの? 私、瑛太の気に障る事をしたの?」
「一体、どうしたんだよ、急に」
「私、わかっちゃった。瑛太はあの時私の頬にキスなんてしてないこと」
瑛太の顔色が変わった。
明彦とは駅で別れたが、その後は同じ町に住んでるため私達三人の帰り道は同じだった。
帰宅ラッシュまでとはいかないが、そこそこ電車は混んでいる。
三人で何かを一緒に話す雰囲気でもなく、この複雑な三角関係はこの時普通の仲間のように穏やかだった。
つり革を手に取り拓登を挟んで両端に私と瑛太がいる位置だったが、これは拓登が瑛太と私を近づけさせないようにしたためだろうか。
瑛太はすました顔で視線を定めずにぼやっと前を見ている。
時々私と拓登が話すとしっかりと聞き耳立ててるのがわかる。
なんだかスパイされているようで、私もできるだけ小さな声で拓登の耳の側で話をしていた。
「拓登は昔のことって、どれくらいの時から覚えている? 小学一年のこととかやっぱりはっきりと覚えてるもの?」
「うん、そうだね。割りとインパクトが強かったことは覚えてるけど、人それぞれじゃないかな」
「だよね。だけど、写真とか見たら、なんとなく思い出せるかもしれないけど、余程のことがない限り、私は忘れてる。いらないことは捨ててしまうのかも」
「捨ててしまう? 記憶をかい?」
「自然と自分で必要じゃないことは抜けて忘れていって、覚えてなければいけないことはいつまでも留めておくんだと思う」
「でもさ、誰かにとったら真由に覚えていて欲しい事もあるだろうね。例えば、その小学生の時の頬のキスのこととか……」
この時、瑛太が言った『覚えてない方が悪い』という言葉が蘇った。
「拓登も私が覚えてない事が悪いと思う?」
「悪いとかそういう意味じゃなくて」
「だけど、私もちょっとは思い出しそうだったんだけど、本人に聞いたら教えてくれないんだもん。覚えていて欲しいなら、あの時教えてくれたら、私だって思い出せたかもしれないのに」
私は瑛太の方をみた。
瑛太は聞き耳を立てていたのに、わざと聞いていないフリをしているのか、ぼーっと前を見ているだけだった。
「真由は、もしその時のことはっきりと思い出したらどう感じるだろうね」
拓登が抑揚のない声でぼそっとつぶやいた。
どこかで私と瑛太が繋がるのを恐れているのだろうか。
流れる景色を見ていた瞳は小刻みにゆれているが、それが不安そうにも見える。
私がこの話を持ち出すと、拓登はどうも落ち着かないみたいだった。
いくら瑛太が過去に私の頬にキスしてようが、この間も同じ事されようが、私は瑛太には全然興味がないのに。
私はそれをどう拓登に伝えたらいいのだろうか。
傘を貸してから、同じ学校だと知って、そして周りの女の子達がすでに騒ぎ立てて意識してみているうちに、私は知らずと拓登のことに興味を持っていた。
それを否定して、自分を騙していただけだが、拓登から声を掛けられて一緒に帰るうちに私の心はマックスにドキドキししまい、もう参っている。
ちょっとプライドもあるから自分の気持ちに素直になれなかったけど、そんな態度だったからものすごく中途半端に拓登と距離ができてしまった。
拓登からすでに心を開かれているのに、この先へ進むにはどうすればいいのだろう。
そうこう考えているうちに自分達の駅について降り立った。
改札口を出れば、私達三人はそこで立ち止まってお互いの顔を見た。
「それじゃ明日、学校で」
私が一番に切り出して拓登に声を掛ける。
瑛太はかっこつけて「バーイ」と言っては、手のひらを拓登に向けた。
拓登も「また明日」と手を軽く上げて合図してから自転車置き場へと向かった。
後姿を見送っていると、瑛太があっさりと「それじゃ、またな、真由」と言って、去ろうとした。
てっきり私と一緒に途中まで帰るつもりだと思っていたので、なんだか予想外だった。
「ちょっと待って、瑛太。どうして今日は素直に帰るの?」
「えっ、なんだよ。いつもなら俺を邪魔者扱いするくせに」
「どうしたの、急に消極的になって。こうなったら最後まで付き合ってよ」
私が喫茶店でふいに気がついたこともあるし、瑛太とは二人で少し話がしたかった。
私が挑戦的な目を向けてたのかもしれない、瑛太は面倒臭そうに「チェッ」と軽く舌打ちして、仕方がなく私と肩を並べて歩く。
なんだか機嫌が悪そうだった。
早く帰りたい理由でもあったのだろうか。
私に付き合おうと言ってきたあの態度からは程遠い。
起伏の激しい態度に私はまた首を傾げてしまうが、結局はそんなことをいちいち気にしてられないと毅然として話し出した。
「ねぇ、瑛太。お願いだから小学生の時なぜ私の頬にキスをしたのか教えて?」
「またそれか。もういいじゃないか」
「どうして、急に隠すの? 私は思い出したいの。それにある程度のこと思い出したかもしれないの。それを確かめたい」
「思い出した? あの時のこと?」
瑛太は急に動揺し始めた。
やはり何かそこに大切なヒントがあると私は直感で感じた。
「あの時、瑛太は数人の男の子達と何か揉めてたよね」
「まあな」
「その時は私の頬にキスしろって誰かが囃し立てていたんでしょ」
「ああ」
「それで、引けに引けなくなって、瑛太は私に走り寄ってきた。あの時は雨が降っていたから、傘ですっぽりと瑛太の顔が隠れて、私からは見えなかった」
「勢いついて、傘を突き出していたかもしれない」
「確か、青い傘だっけ。そしてその傘を放り投げてその勢いで私の頬にキスをしたよね。ここまでは私は覚えているんだ。これでその部分は合ってるでしょ」
「ああ、合ってるよ」
私はそこで立ち止まった。
やはり自分が気がついたことは正しかった。
瑛太は本当は詳細を私以上に覚えてない。
だから、あの時私が聞いても頑なに論点をずらして教えてくれなかった。
教えられなかったのは覚えてないのではなく、キスをした本人ではなかったからだった。
だって、あの時の傘は青色じゃない。
黄色だったんだから。
喫茶店でレモンをつついたとき、黄色が目にはいって傘を連想し、そしてふと気がついた。
瑛太が本当に私にキスをしたのか、まずはそれを確かめるべきだって。
聞いても教えてくれなかったことがどうしても引っかかってしまって、私にアプローチを掛けてきたのなら絶対それは私に思い出して欲しいはず。
それを避けるなんておかしすぎた。
でも瑛太が私のキス事件の事を知っているのは、あの時の取り巻きの中の一人だったに違いない。
私にキスをした男の子は他にいる。
それを利用して、自分はなりすまし、いかにも昔から特別な関係で運命だって言うようにもってきた。
瑛太にとっては、唯一私の過去の事を知る話だったけに、利用するにはもってこいだった。
「どうした? なんで立ち止まってんだよ」
「瑛太、どうして私に嫌がらせするの? 私、瑛太の気に障る事をしたの?」
「一体、どうしたんだよ、急に」
「私、わかっちゃった。瑛太はあの時私の頬にキスなんてしてないこと」
瑛太の顔色が変わった。