話をしながら歩いていると、すでに駅の近くに来ていた。
 拓登が何かを言おうとして、開きかけた口から言葉が出そうで出ないような状態を、私はもどかしい気持ちで見ていたとき、それに気をとられて後から自転車が来ていることに気がつかなかった。
「危ない」
 拓登は咄嗟に私の腕を取って自分の方へと引き寄せた。
 バランスを崩した私の体は拓登の胸へと倒れ掛かってしまった。
 自転車に乗っていた地元の中学生らしき男の子は自分には非がないとでもいいたげに、すばやくすれ違い、すでに先を走っていた。
 車が通る道路と隔てた歩道だが、そこは歩行者だけじゃなく自転車も通るため二人で横並びをして歩いていると、自転車がすれ違うにはやや狭くるしい幅だった。
 スピードを出して走ってこられると本当に危ない。
 前を走る自転車はどんどん小さくなって離れて行く間、それを見つめて呆然としていた私は拓登に思いっきり密着していた。
 気がついた時は顔が真っ赤になるくらい、とても恥ずかしかった。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫かい? ほんと自転車のマナーがなってないね。人とすれ違う時はせめて速度を落さないと」
 拓登は呆れた表情で、すでに遠くに行ってしまった自転車に文句が言いたいとばかりに目を細めてみていた。
 私はまだ心臓がドキドキとしたまま、不整脈状態で呼吸が荒かった。
 そのせいで、先ほど拓登が言おうと迷っていた事がすでに忘れられたように吹き飛んでしまった。
 拓登は私を気遣いながら、ゆっくりと歩き出す。
 再び会話が中断して黙って歩いていると、道路を走る車が行き交う度に、風と走り去る音を敏感に感じた。
 私も気が動転していたため、ドキドキを抑えることの方が大事で息を整えるのに必死だったが、沈黙が続くと益々言い掛けた事が気になっていた。
 拓登は何をいいたかったのだろうか。
 もしかしたら、朝、瑛太と電車に乗ったときに何か言われたんじゃないだろうか。
 拓登と瑛太の間で、私の知らない話がなされていたと考えるのは自然な流れのように思えた。
 一体瑛太は朝何を話したのだろうか。
 私は勇気を出して訊いてみた。
「あのさ、瑛太のことだけど、さっきの話はどういう意味?」
「さっきの話?」
「ほら、瑛太が私に何かを伝えたがってるって事」
「ああ、あれか。別に深い意味はないんだけど、瑛太が真由に伝えたかった長年の思いを急に言いたくなったとかさ」
 さらりと答えが返ってきた。
 さっきは言っていいものか迷っていたように見えただけに、なんだか違和感を覚えた。
 こんな事をいうつもりではなかったのではないか。
 確かあの時は私の知らない事を知っていて、それを伝えようとしていると言ったはず。
 瑛太が伝えたいことは自分の気持ちではなくて、他に何かあるような感じにとれた。
 言葉の綾による私の考えすぎだろうか。
 私は拓登をつい訝しんでじっと見つめていた。
「どうしたんだい? 急に僕を見つめてくれて」
「えっ、その、もちろん約束を守るためじゃない。真剣に見るって約束したでしょ」
 良く考えれば色々と誤魔化すには、その言葉はとても都合のいい言い回しではある。
「あっ、そうだった。自分で言っときながら、間抜けな質問してしまった。ごめん。で、何か僕について感じ取ったことあった?」
 とっさに上手く返したつもりだったが、またそれを拓登に上手く返されてしまった。
「えっと、そうだね、少しずつ拓登の事が分かってくるような感じかな」
「例えば?」
「えっ、その、話しやすいところとか、親しみやすいところ」
「親しみやすいか……」
 拓登はとりあえずは満足したのか、ニコッと微笑んでくれた。
 でもすぐ真顔になるとまた質問してきた。
「じゃあ、僕と瑛太とどっちが親しみやすい?」
 そんなの拓登の方に決まってる。
「比べる方が間違ってるよ。瑛太は失礼だし、嫌がることするし、何を考えてるかわからない。拓登もそう思うでしょ」
「それもそうなんだけど、油断したらペースに巻き込まれるから、困る人なのは確か。それにやっぱり真由とキスした話は許せない」
 またキスの事を穿り返されて、今度は私が慌ててしまった。
「だから、あれは」
「わかってるって。済んでしまったことだし、真由にもいい迷惑だった」
 拓登は悔しがるように少し俯き加減になっていた。
 再び気まずい空気が流れ、瑛太の事はこれ以上触れたくなくなって、私は黙り込んだ。
 駅の周辺に足を踏み入れたことで、定期を鞄から取り出す動作をしているうちにまた流れが変わった。
「ところで、今日はどこへ寄り道しにいくの?」
「乗り換えする駅を出たところに、大きな本屋があるだろ。そこへ行こう」
 本屋と聞いた時、私はすぐさま反応した。
 それなら、自然と心ウキウキとしてくる。
 さっきまでのぎこちない話題はすっかり薄まって、話題は本のことに占領された。
「いいね。新刊どんなのが出てるんだろう」
 自分の分野の話題が出ると、気分も楽になってさっきまでの話はすでに過去のこととなってしまった。
 もちろん、一緒にいるだけでドキドキはずっと続くけど、興味のある事が話題になると水を得た魚のように自然体になれた。
 そして電車に乗り、途中下車をして私達は本屋へと向かった。
 電車を乗り換える主要駅だけに、ショッピング街となって人が溢れかえっている。
 私は拓登とはぐれないように彼の後をぴったりとついていった。
 本屋の中は本を選んでいる人、立ち読みしている人、ぶらっと見に来ている人たちが至る所にいる。
 通路に人が溢れるとお目当ての本が探し辛く、また行きたいところへすぐにいけないのが窮屈さを感じさせた。
 品揃えもよく、大きな本屋なだけに集まってくる人も半端ない。
 これだけ人が居た方が活気があって、楽しくもなってくるのはやはり私が本好きだからだろうか。
 本屋の中では私が先導して拓登を引っ張り、文庫が沢山あるところへと連れて行った。
 拓登は気になった本を引っ張り出してはパラパラとページをはじく。
「真由はいつもどうやって読む本を選んでるんだい?」
「好きな作家やジャンルとか、後は表紙なんかも決め手になったりする」
 私がお薦めの作家の本を指差したり、ネタバレしない程度に粗筋を言っていたとき、いきなり肩をポンと叩かれ、びっくりして後を振り返った。
 そこには千佳の双子の弟の明彦が立っていた。