ログインすると、そこはジョチさんのゲルの中だった。いつもどおり、アタシが最初にログインしたっぽい。
 ジョチさんは、なんだかスッキリした顔をしてる。色の薄い目が、アタシに優しく微笑みかけた。
「ルラ、オマエのおかげだ。ようやくオレは、オレが何者なのかわかった。礼を言う」
 ずるいな、ジョチさん。アタシなんかの言葉で、迷いを断ち切っちゃうなんて。
「やっぱりゲームはゲームだよね。ピアズだって、所詮ゲームなの」
 現実のアタシはルラとは違う。誰かの役に立つ言葉も魔法も持ってない。迷惑と心配をかけてばっかりの、無力な子どもなんだよ。
「ルラさん、どうしたのですか?」
 静かな声に振り返る。オゴデイくんが小首をかしげてアタシを見つめていた。
「どうって? なんでそんなこと訊くの?」
「元気がないようですが」
「え? ど、どうして、オゴデイくんがそんなこと……?」
 ゲーム内のキャラなのに、アタシの心を読んだの? もしかして、オゴデイくんにラフさんの魂が憑依してるせい?
 と思ったんだけど。
「今日は、表情も動作も少ないです。声も小さいです」
 ああ、なんだ、そういうこと。
 オゴデイくんたちに搭載されたAIは高性能で、アタシたち人間のユーザが動かすアバターの言葉や動きに反応して会話できる。元気がないって判断も、AIの能力の範囲内だ。
 ガッカリしてる自分に気が付く。ああもう、ダメダメ。元気出さなきゃ。アタシの悩みなんて、ちっぽけだ。ニコルさんとシャリンさんの本気の目的のために、アタシも頑張らなきゃ。
 わかってるのに。やっぱり、つらい。
「……ニコルさんがログインするまでは、いっか。あのね、オゴデイくん。アタシ、最近、自分のことがほんとにイヤなの。こんな自分で生きてかなきゃならないって思うと、本当に疲れる」
 AIをつかまえて人生相談? しかも、気弱そうなオゴデイくん相手に? 何やってんだろ、アタシ。
 オゴデイくんは、キレイなブルーの目をにっこりさせた。
「たくさん悩むから、ルラさんは優しいんですね」
「え?」
「真剣に悩む人、自分の弱さを知ろうとする人だからこそ、優しくなれるし強くなれる。オレは、そう思います」
「や、やめてよ」
 ゲームのキャラなのに、実在しないのに、包み込むような目をしてそんなこと言わないで。現実に戻ったとき、寂しくなるから。
「はい、今だけにします。でも、もう1つだけ言わせてください。オレもルラさんのような人間でありたい。悩みを抱えながら、1つずつ強くなれる人間でありたい。だから、アナタに心惹かれるんです」
「お、オゴデイくん?」
 オゴデイくんは、ゆっくりと頭を下げた。そして、ジョチさんのゲルを出ていこうとする。ボーっとしかけてたアタシは、慌てて頭を切り替えた。
「ちょっと待って、オゴデイくん! シャリンさんがログインするまでここにいて!」
「すみません、ルラさん。父の本軍へ、急ぎ、戻らねばならなので」
 オゴデイくんは申し訳なそうに首をすくめて、ゲルから出て行こうとする。ええい、じゃあ、無理やりつかまえとく!
 アタシはオゴデイくんに駆け寄ろうとした。でも、前進のコマンドが遮断される。後ろ方向への引っ張り判定。
「何なの?」
 振り返って、カメラアイを後ろに向ける。ジョチさんがアタシの腕をつかんでた。てか、近い! 美麗なお顔が近すぎる!
「待て、ルラ。ニコルたちにもここへ来るよう伝えてある。今、外に出ては、はぐれることになる」
 要するに、ジョチさんエピソードがもうちょい続くわけね? で、流れ的にいらない子のオゴデイくんは一旦退場で、早くログインしたアタシが偶然、退場シーンに立ち会った?
「やっぱ、アタシ、余計なことしかしてない」
 へこむ。最初にログインしたのがシャリンさんなら、きっとラフさんの魂をつかまえるのに成功してた。アタシって毎回、間が悪いにも程がある。